MEIJIN 52〜精菜視点〜





「「お願いします」」



名人戦・第6局が千葉で始まった。

私はその様子を休み時間にまた携帯でチェックしていた。


「お兄ちゃん、勝てば奪取だね精菜」

「うん…」


彩も私の携帯を覗いてきた。

そんな彼女の首筋に……痕があるのを私は見逃さない。


「彩、見えてるよ」

「え?!///


途端に真っ赤になった彩が、首筋を慌てて髪で隠した。


「…昨日シたの?」

「し、してないよ。今生理中だし…」

「じゃあ何で付いてるの?」

「だって京田さんが……、我慢の限界だって言うから…」


彩は生理中は超絶機嫌が悪い。

今までは絶対に触らせなかったらしいんだけど……


「私が生理始まる前から京田さん、大阪と名古屋に遠征続いてて…、福岡のイベントも手伝いに行ってて」


やっと彩に会たのに、ちょうどそのタイミングで生理が始まってしまったらしい。

もちろん数日はそれでも我慢してくれてたみたいなんだけど……


『彩ちゃんごめん…、キスだけ…させて』

『……分かった』


それがもちろんディープなやつで、更に京田さんは首筋や鎖骨にもキスしてきたのだという。

 


(私は何を聞かされてるの…)

 

目の前で惚気る親友に、ハリセンがあったら叩きたくなってしまった。


「精菜は生理中はどうしてるの?」

「え…?」

「生理中にお兄ちゃんが来たら」

「……」


それはもちろんエッチは出来ないから、、私はいつも触って処理してあげていた。

この前みたいに手で扱いたり、口を使うこともある。

(妹には絶対に言えないけど…)


「まさか精菜、生理中もしちゃってるの?バスルームとかで」

「し、しないわよ。さすがに…」

「ホントに〜?」

「本当よ」

「うーん…、でもさ精菜。今回はもしかしたらバスルームでしておいた方がよかったかもよ?お兄ちゃん、だいぶ煮詰まってるよアレは…」

 


――え?

 

「この前お兄ちゃんに交渉されたんだよね…」

「交渉?」


王座戦第1局の翌日の夜のことだったらしい。

そう――この前佐為がうちに来た日の夜だ。

 


『彩、今度の高松の聞き手、代われよ』

『はぁ?何で?イヤよ。精菜と本場の讃岐うどん食べるの楽しみにしてるんだから〜』

『京田さんが彩ともっと一緒にいたいって』

『…え?ホント?』

『ああ。3日も離れるの寂しいだろ?だから僕が代わってやるよ』

『も〜〜仕方ないなぁ。高いよ?』

『分かってるって。今度彩が京田さんちに泊まりたい日があったら、お父さん説得してやるから』

『ホント?!どうぞどうぞぜひぜひ高松は進藤十段にお譲りするわ


――という会話だったらしい。


「てなわけで精菜、私当日体調不良でお兄ちゃんにピンチヒッター頼むことになってるから」

あとはヨロシクね!とウインクされる。


「…それって進藤十段が聞き手するってこと?芦原六段が解説で?」

「お兄ちゃんってホントお父さんの子供だよねー。昔鳥取に乗り込んで行ってたお父さんにそっくり〜」

と彩が笑う。

いや、彩、あなたもついこの間長野に乗り込んで行ってたじゃん…、とツッコミたくなった。

佐為に電話して確かめたいけど、生憎佐為は明日の夜まで携帯は没収されている。

そういう私も明日は対局の日だ。


(明日の夜に電話してみようかな…)



この日は形勢は五分のまま、塔矢名人が封じ手した。


 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、精菜」

「お父さん、おはよう。どしたの?珍しく早起きだね…」

「たまにはな」


翌朝、ダイニングに行くとお父さんが座っていた。

私も一緒に朝食をいただくことにする。

コーヒーを飲みながら、私のことをじっと見つめてくるお父さん。


「…何?」

「いや…、精菜、もう例の特訓はいいのか?」

「うん。一勝出来たからもういい」

「…そうか」


何故かガッカリしているお父さん。


「お父さん、もしかしてもっと教えたかった?」

「いや…、そうじゃない。ただ、精菜と久しぶりに打てて…懐かしい気持ちになっただけだ」

「……そう」

 


私は2歳の時から父に碁を教わっていた。

最初は九路盤から根気強く教えてくれた父。

でも小学校の中学年になった頃から打たなくなった。

それはもちろん、私が彩や佐為と打つことを好むようになったからだ。

佐為に会いたくて塔矢門下の研究会にもよく付いて行ってたけど、そこでも打つのは決まって他のプロの先生達か佐為だった。

 


「次は公式戦で打とうか…お父さん」

「はは…そうだな。十段戦、本戦出場おめでとう精菜」

「ありがとう」


春に佐為に奪取されるまで十段のタイトルを保持していた父も、当然本戦トーナメントに名前を連ねている。

抽選日は先週で、私の1回戦の対戦相手は――進藤本因坊に決まった。

来月末に予定されている。

もしそれに勝てば次はお父さん――緒方九段との対局が用意されている。


(さすが本戦トーナメントだ…、強い相手ばかりで嫌になる)


十段戦のその頂上にいるのがもちろん進藤十段――私の恋人だ。


(佐為との五番勝負だなんてドキドキしちゃう…。でも佐為はきっと敵意剥き出しでくるんだろうな…、嫌だなぁ…)

 


「佐為君とは……最近どうだ?」

「気になるの?」

「…少しな」


私はニッコリ笑う。


「今度、高松でデートしてくる♪」

 


面食らう父の顔は面白かった。

 

 



NEXT(佐為視点)