MEIJIN 50〜佐為視点〜





「お二方ともお疲れ様でした。感想を一言ずつお願いします。まずは勝たれた進藤十段から…」



終局後、僕と父は大盤解説会場へと足を運んだ。

解説を担当した伊角七段からマイクを渡される。


「今日は序盤から展開が早くて難解な実戦詰碁が多く―――」


僕が話してる間、父は大盤をじっと見つめていた。

投了図を並べてあるその大盤。

父が時間を巻き戻すように石を剥がしていく。


「続いて進藤王座お願いします」

伊角七段に感想を 求められた父は手を止めてマイクを握る。


「そうですね……、初戦からしてやられましたね」

どっと観客から笑い声が湧く。

「ここ、どう打ったらよかった?」

中盤の91手目まで巻き戻した父が、僕に問う。

「…7の七の外から手厚く攻めたら良かったんじゃないかな」

5手ほど石を進める。

「なるほど」と父は頷いていた。

「でもって先手を取って15の六に転戦すれば充分戦えると思う」

「なるほど〜」


完全に聞き手に回る父。

しばらく大盤で検討を続けた後、伊角七段から次局への意気込みを聞かれる。


「次の対局はちょっと間が空くので、本局の反省点を踏まえつつ次局に備えたいと思います」

「反省するところなんてあったか?」と父が即座に突っ込んでくる

どっとまた会場から笑いが起こる。

「あるよ」

「どこ?」

「持ち時間の使い方とか」

「へー」

「ここの詰碁を解くのに10分も消費してしまった。もう少し早く解けるよう精進します」

「ふーん。じゃあオレの詰碁集で勉強すれば?一冊やるよ」

「いや、持ってるから」

また笑いが起こる。

母との名人戦とはまるで違う大盤解説会場でのやり取り。

きっとまたコメント欄荒れてたよと彩から連絡が来ることだろう。

(彩はコメント欄読みすぎだ)


ちなみに父の次局への意気込みは

「二連敗しないように頑張ります!」

という直球なコメントだった

もちろんまた笑われていた。


(え…そんな意気込みでいいの?)


棋士だって半分は客商売みたいなものだから盛り上がる方がいいだろ?というのが父のスタンスだ。

確かにそういう考えもあるのかもしれない。


(見習わなくては……)

 

 



大盤解説会場を出て対局室に戻る途中で、父が誘導係のスタッフに

「そういえば女流本因坊戦ってどうなりました?知ってます?」

と尋ねていた。

当然僕の耳もダンボになる。


「もう終局してますよ」

「あ、そうなんだ?どっちの勝ち?」

「緒方五段です」

 




―――え?

 

 


父がヒュウと口笛を鳴らす。


「だってよ、佐為。精菜ちゃん、すげーじゃん」

「う、うん…」

「後でおめでとう電話してやれよ」

「もちろん…」


精菜が母に勝った。

初めて。


(すごい…)

どんな内容だったんだろう。

どんな展開だったんだろう。


対局室に戻って父との感想戦をしながらも、僕はずっとソワソワ心ここに在らず状態となった。

一時間後にようやく解放されて、ホテルの自室に戻って来た僕は急いで携帯を立ち上げる。

精菜からLINEが一通届いていた。


『佐為、第一局勝利おめでとう!私も勝ったよ!』

と――


急いで電話をかける。

 


『もしもし?佐為?』

「精菜…、おめでとう。お母さんに勝ったんだな」

『うん…、すごく嬉しい。ちょっと泣いちゃった』


確かに精菜の声は少し鼻声だ。


『佐為もおめでとう』

「ありがとう…」

『ふふ…、会えないのが辛いね。今すごく佐為に抱き締めてほしい気分なのに…』

「精菜…」


ここから精菜がいる秋田のホテルまでどう頑張っても5時間以上かかる。

残念ながら終電はとっくに終わってる時間だ。


『明日東京に戻ったら…、佐為…、私に会いに来てくれる?』

「もちろん。学校終わったらすぐ行くよ。いや…、早退しようかな

『ふふ…、補講スケジュールがズレ込むから、早退はしなくて大丈夫』

「じゃあ、終わり次第すぐ行くから」

『うん――待ってる』

 





NEXT