●MEIJIN 5●





私と佐為、彩と京田さん、金森さんと西条さんの3カップルで行った箱根の温泉旅行。

皆のスケジュールの都合上1泊2日になってしまったから、朝9時に新宿集合となった。

特急で移動すること1時間ちょっと。

箱根に着くなり、神社に行ったりロープウェーに乗ったり観光して。

夕方予約してあった旅館に着いた。




「お待たせ」


代表でチェックインしてくれた京田さんと金森さんがフロントから戻って来た。

客室係の人に部屋を案内してもらい、「また後でねー」と、とりあえずそれぞれの部屋で浴衣に着替えることになった。

もちろん私は佐為と同室だ。

別に今更恥ずかしがる間柄でもない気もするけど、一応私は洗面所に移動して浴衣に着替えることにした。


5分後。

着替え終わって部屋に戻ると、同じように着替え終わった佐為が私の方に視線を向けてきた。

ドキッとなる――



(カッコいい……)



昔、ファッション雑誌に載っていた浴衣の彼を思い出した。

パネルにして部屋に飾って置きたいと思ったほど、今でも気に入っているあの写真。

でもあの時の彼より今の方が更に大人に成長していて、もう直視できないくらいカッコいい。


「精菜の浴衣姿初めて見た」

「え?そ、そう?夏祭りでもよく着てたと思うけど…」

「あの浴衣と今の浴衣は全然違うよ」

「そうなの?」

「うん。何て言うか今の方が…」


佐為が近付いてきて、

「100倍はそそられる…」

と耳元で囁かれる。


もちろん私の顔はカーッと直ぐに真っ赤になった。

頬に手を添えられて、顔を傾けて近付けて来た彼とそのまま唇を合わせた――


「――…ん…」


体が熱くなってくる。

私も腕を彼の首の後ろに回して、どんどん濃厚なキスになっていく。

彼の手が私の胸をまさぐり始めた頃――


ピンポーン

とチャイムが鳴る。


「お兄ちゃ〜ん、精菜〜」

と呼ぶ声も聞こえて、しぶしぶ私達は体を離した。


佐為が「彩、何だよ?」とドアを開けると、「温泉行こ♪」と廊下に4人とも揃っていた。


「…分かった、タオル取ってくる」

「うん」


再びドアを閉めた後、私達はお互い視線を合わせ「仕方ない」と肩を竦めた。






「温泉久しぶり♪楽しみ〜♪」


6人で大浴場に向かいながら彩がはしゃいでいる。

「精菜は立葵杯の時、温泉だったんだっけ?」

「うん。おばさんとも一度入ったよ」

「そうなの?私もう何年もお母さんとお風呂なんか入ってないや〜」と彩が笑う。


6月にあった女流タイトルの一つ、立葵杯挑戦手合三番勝負。

会場は福島の温泉だった。

立葵杯としては2度目の挑戦だったわけだけど、今回も0−2で私は塔矢名人にストレート負けとなった。

私にとっては奇跡でも起きない限りまだまだ勝てる相手ではない。


「緒方さん、女流本因坊も来月確か本戦の決勝があるよね?」

金森さんが聞いてくる。

「あ、はい」

「それに勝てば女流本因坊戦でもまた塔矢名人に挑戦でしょう?絶好調だね」

「挑戦してるだけで奪取なんて到底無理ですけどね…」

「まぁ相手が相手だからねぇ…」

「はい…」


もちろんこのまま挑戦し続けて、いつかはタイトルを奪取出来たらと思う。

棋士としての私の目標だ。



「そういう進藤君も来週名人リーグの最終局だっけ?」

京田さんが佐為に尋ねた。

「はい、最後は緒方先生とです」

「緒方先生か〜。勝てそう?」

「どうでしょうね…。最近の勝率は悪くないですけど、打ってみないと何とも…」

「でも勝つ気なんだろ?」

「それはもちろん。気持ちだけは」

はは、と京田さんが笑った。

「あ、でももし進藤君が挑戦者になって、緒方さんも挑戦者になったら、カップルで名人に挑戦出来るな。名人戦と女流本因坊戦て日程被ってるし」

「そうですね…」


佐為が私の方に振り返る。


「頑張ろうな、精菜。二人でお母さんに一泡吹かせてやろう」

「うん…!」


もちろん私は勝てないと思うけど。

でも私との対局で少しでも名人を疲れさすことが出来たなら、名人戦で佐為が勝つ確率がほんのちょっとでも上がるんじゃないだろうか。

よし、私も頑張ろう。

何が何でも勝って、挑戦者になろう!!









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