MEIJIN 49〜ヒカル視点〜





名誉王座の称号を持つアキラから、オレが王座のタイトルを奪取したのは3年前のことだ。

今まで2回防衛に成功していて、今期も防衛すれば連続4期。

オレも名誉王座へまであと1期と迫ることになる。


だけど今期の挑戦者はどうやらオレからタイトルを奪取する気満々みたいだ。

目の前で闘志を燃やす我が息子、進藤佐為十段。

緒方先生から十段のタイトルを奪取し、そして現在名人戦でも奪取に王手を掛けているまだ17歳の天才棋士だ。

幽霊の佐為の名に相応しい活躍ぶりと言えるだろう。




――佐為…、オレとアキラの息子がこんなにも早くオレらの前に立ちふさがって来たよ――




嬉しいような。

でもまだ渡したくないような…、不思議な気持ちだ。



(ヤバいなぁ…)


衝撃的な展開だ。

なぜなら穏やかな序盤からまだ20手しか打ってないのに、もう生きるか死ぬかの激闘がスタートしたからだ。

佐為が放った11の十三からそれは始まった。

挑発的だ。

オレも11の十四から出切って中央の白に猛襲をかける。

こうなると必然的に黒は白を自陣に追いこむことになる。

生きられると陣地が無くなってしまい、ゲームオーバー。


(ヤバいなぁ…、これはもう陣取り合戦というより、究極の実戦詰碁じゃん…)


詰碁集を出版するほど詰碁が得意なオレに、超難関な問題を連発して出題してくる佐為。

何様のつもりだ。

もちろんオレの方も即座に読み解き、仕返しとばかりに難問を突き付ける。


(コイツって本当に何歳だ?)


佐為には若さに似合わない思慮深さがある。

どんなに当たり前の場所でもヨミを入れてくる。

この芸風は持ち時間が長ければ長いほど深みが出る。

5時間以上が特に相性がいいだろう。


だから中3の名人リーグ入り以来、一度も陥落することなく今期挑戦者まで上り詰めたんだろう。

でも王座戦は持ち時間がわずか3時間しかない。

でも佐為はそれにも柔軟に対応してくる。


そして――このオレを追い込んでくる――

 

 

 



「休憩です」


12時になり、オレは一足先に席を立った。


手番の佐為はまだ微動だにしない。

盤面をじっと見つめている――顎に扇子の先を当てて――


(ヤバいなぁ…、アイツのあのクセ…)

幽霊の佐為によく似ている。

佐為も読み耽る時、よくあんな感じで扇で口元を隠していたものだ

オレは自分の手に握られている扇子を見た。

プロ棋士になった後、佐為がいなくなった後に、棋院の売店で買ったものだ。

この扇子を眺めているだけで、オレの心は佐為に見守られてるみたいに落ち着いたものだ。


(アイツの扇子は塔矢先生から入段祝いに貰ったやつなんだっけ…)


大事にしてるから、あの扇子をアイツが対局に持ち出して来てるところをオレはあんまり見たことがなかった。

最後に見たのは確か十段戦・五番勝負の最終局か……

本当の大一番にしか佐為はあの扇子を使わないんだ。


(ヤバいなぁ…、今日ってそんな大一番?)


昨日のアイツの意気込みを聞く限りでは間違いなく大一番なんだろう。


『この4年間、共に切磋琢磨神の一手を求めて研究出来たことは、とても貴重で掛け替えのない時間でした』

と語った佐為。

感謝の言葉を貰ってしまって、オレは思わず泣きそうになってしまった。

京田君も入れてたった3人だけで行われているオレの研究会。

この4 年間とアイツは言ったけど……きっと永遠にこの研究会は続くんだろうなって思う。

誰かが棋士を引退するまで。

いや、塔矢先生みたいに引退しても研究会だけは続けるのもありかもしれない。

きっと佐為と京田君がそれぞれのお相手と結婚しても…、ずっと続くんだろう…。


(佐為は精菜ちゃんと結婚する気満々なんだろうな…)

(京田君は彩と?彩を嫁に出すなんて絶対嫌だけど…、でもいつかはそんな日がやってくるんだろうな………はぁ)

 

 

 


「時間になりました」


昼食休憩が終わり、佐為が17の九を打つ。

恐らくそれはAIをも示す最強の一手。

全てを読み切った最強のシノギだ。

17の七以降、13の八までほぼ損をすることなく上手くしのいでしまったのだ。

オレは3の六と転戦するも、盤右半分の景色と大差。

更に佐為に6の十二と打たれる。

堅実に中央へと進出し、恐らくもう形勢は動かない。


(くそ…)


地が足りない。

最後のお願いのつもりで15の九から右辺の白を取りに行ったが、19の八と好手で返される。


(あー…、形作りでもするか……どうするか…)


チラリと佐為の表情を伺う。

この落ち着きぶりが嫌味だ。

じっくり足元を確かめながら進める、17歳らしからぬ落ち着きのある打ち筋。

決め手を与えない緻密なシノギ。

どれもこれも欠点無しだ。


この顔付きも、オレとアキラの子供なんだから当たり前なのかもしれないけど、ちょっと整い過ぎてないか?

そりゃ精菜ちゃんがもうちょっとダサくなって、と思うはずだ。

こんな美形が彼氏だと、心配で心配で堪らないだろう。


(アキラと精菜ちゃんの方はどっちが勝ったのかな…)





ついに秒読みが始まる。

オレは扇子を置いて、頭を下げた。



「ありません」




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