MEIJIN 46〜アキラ視点〜





『アキラお前、なんて怪物を産んでくれちゃってるんだよ〜〜!!』



ヒカルからそんな第一声の電話が来たのは、女流本因坊戦の前夜祭が終わり、自室に戻って来たすぐ後だった。


「僕のせいにするな。佐為に関してはキミの弟子なんだから、キミに責任が70%はあると思うけどね」


今日はヒカルと佐為も王座戦の前夜祭に出ていたはずだった。

前夜祭で何かあったのだろうか……


『アイツの前夜祭のスピーチやべーよ。絶対17歳じゃないだろ…』


前夜祭ではもちろん対局者が意気込みを披露するメインイベントが用意されている。

いつもなら当たり障りのない内容のスピーチをする佐為が、今回は少し違ったようだ。

僕ら両親とタイトル戦で戦うのが小さい頃からの夢だったと。

そしてヒカルが門下を開いてくれたこと、一緒に切磋琢磨研究が出来たことへの感謝の気持ちが溢れていた内容だったのだとか。


『オレもう涙必死に堪えてて、アイツのことめっちゃ睨んじゃったよ。とんだ盤外戦だろこれ…』

「ヒカル…」

『もうやだよオレ…、アイツと戦うの…』

「情けない…。そんな弱腰じゃ本当に佐為に王座を取られてしまうぞ」

『何だよお前だって名人崖っぷちじゃんか!オマエにだけは言われたくないね!』

「僕はまだ諦めてない。次勝って最終戦に持ち込んでやる」

『オレだってそう易々と渡してたまるか!』

「よし、その意気だ、進藤」

『あー!進藤って言った!ヒカルだろ?間違えたらキス100回の刑だからな!』

「はいはいヒカル」

『……』

「……」


『「はぁ……」』


お互い溜め息が出た。


「取りあえず明日の対局、お互い頑張ろう…」

『そうだな…、オマエも精菜ちゃん相手で楽できないと思うけど、倒れるなよ』

「…分かってる」



電話を切った後、僕は部屋の中央に用意して貰った碁盤の前に座った。

精菜ちゃんとの第一局を再現していく。


(強くなったな…)

彼女が初めて僕に挑戦してきたのは中学1年生の時だった。

あれから3年。

彼女の棋力はとどまることなく上がり続けている。

この第一局も、結果的には大差で僕が勝ったものの、一歩対応を間違えていたら僕は負けてかもしれない。


「流石緒方さんの娘だ…」


緒方さんに棋風がやはり似てるのだ。

堂々としていて隙がなく、力強く、そして圧倒的なヨミの力で相手を押しつぶそうとしてくる。

これが緒方精菜。

息子である佐為の恋人。

恐らく将来二人は結婚までいくだろう。

長男夫婦に僕ら夫婦は苦戦を強いられる訳だ。


(……それもいいな)

女流棋戦もずっと独壇場はつまらないものだ。

刺激のある、逃げ出したくなるような相手との対局の方が遥かに面白い。

僕に彼女のような存在を与えてくれた緒方さんには感謝だな。

そして恐らく佐為がいなければ、精菜ちゃんはプロ棋士にはなっていなかった。

息子に感謝…、つまりは息子を一緒に作ってくれたヒカルに感謝かな。


(…いや、それは別に感謝はいらないか)


今頃ヒカルはホテルの自室で必死に明日の対策を練ってることだろう。

自分の弟子とのタイトル戦を存分に楽しむといい。

僕の方も、この将来有望な一人の女性棋士との対局を楽しもうと思う。

 

 

 


「おはようございます」

翌日855分。

僕は下座に座って目を閉じている彼女の前へとやって来た。

長い髪を後ろで結って、静かに闘志を燃やしている彼女の手元にもまた、一本の扇子がある。

決して彼女はこの扇子を開かないが、僕は中身を知っている。

佐為が精菜ちゃんにこっそりプレゼントした、この世でたった一つしか存在していない特別な扇子だからだ。

『夢』――と直筆で揮毫されている。

 


『僕の夢は両親とタイトル戦で戦うことです』


海王小学校の受検の時、将来の夢を尋ねられた佐為は僕らの前でそう言い切った。

佐為は今、僕ら両親と夢を実現させているのだ。

そしてもちろん、戦うことだけが夢ではないだろう。

当然奪取する気満々だろう。


9
時になり精菜ちゃんが目を開けてくる。

僕に緒方さん譲りの鋭い視線を向けてくる。

精菜ちゃんの目的は分かっている。

この対局で僕に勝ち、一局でも長く女流本因坊戦を続けることで、僕を少しでも疲れさすことで、佐為の夢をアシストする気なんだろう。

 


「時間になりました」

立会人から声がかかる。

僕と精菜ちゃんは同時に声を発した。


「「お願いします」」

持ち時間は4時間。


いざ尋常に勝負だ――





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