MEIJIN 43〜彩視点〜





「進藤十段は9の十五を選んで名人の攻撃に真っ向から対抗したわけですが、もしこれが早碁でしたら9の十三だったと思います」

「そっちの方が無難ですもんね」

「そうですね。この11の十四を犠牲にしてもハッキリリードしていたと思います。でも時間を使って読んでいくと、白も薄いので戦えると判断したんでしょうね」

「なるほど〜」



名人戦第5局の2日目がスタートした。

私は今日は大盤解説会の端っこで、京田さんの解説を聞くことにした。


(昨日3回もしたのに疲れてないのかな…)


結局寝たのは朝の2時。

でも9時から解説会が再開するから、7時には起きていた京田さん

睡眠時間5時間しか取れなかったのに、そんな感じは微塵も感じさせず、今日も巧みなトークで観客を魅了している。

今日は土曜日ということもあってか、若い女性客も多い。

お兄ちゃんのファンなのかな。

それとも京田さん…?



「名人がしばらく長考しそうなので、ここで先に抽選会に入りましょうか」

「そうですね!」


スタッフがバタバタと準備し出した。

今回の景品もいつも通りのラインナップだ。

ポスターやクリアファイルなど物販でも売ってるグッズから抽選が始まり、最後の目玉はやっぱり棋士の色紙。

たぶん一番人気はお兄ちゃんの揮毫。


(京田さんの色紙もあるんだ。いいなぁ…、私も欲しいなぁ…)


「次は私の色紙だから私がクジ引きますねー」

柏木女流がガサガサと抽選箱から1枚を選んだ。

「えーと、85番の方!」


85
番は地元の小学生の女の子で、柏木女流から色紙を受け取ってペコリと可愛くお辞儀をしていた。

可愛いなぁ…、10歳くらいかな。

高校生の私から見たら10歳の小学生なんてのはかなり子供だ。


(あれ…?)


そう思ってしまったことに………ちょっと驚愕した。

そうだ、私って今16歳なんじゃん。

私が初めて京田さんに告白した時、彼は16歳だった。

そして私は11歳の小学5年生だった。

え…、もしかして京田さんから見たら私ってばあんな感じの子供だったのかな…。


(そりゃ付き合うの承諾してくれないはずだわ…)


「次は京田先生の色紙ですよー。いいな〜私も欲しいです」

「はは…」

京田さんが空笑いしながら抽選箱から1枚取った。

「えーと、132番ですね」

132番の方〜」


すると、私の隣に座っていた女性が

「あらやだ、どうしましょう…」

と立ち上がった。

推定40代半ばくらいだと思われる、上品な奥様が真っ直ぐ壇上に進んでいく。


「おめでとうござい…ま……」


色紙を手渡ししようとした京田さんの声が、途中で止まる。


「……母さん?」


途端に会場中がザワッとなる。


「え?!京田先生のお母様なんですか?!」

と柏木さんがうっかりマイクで喋ってしまったものだから、その様子が配信サイトにまで聞こえてしまっていた。

コメント欄は大混乱だ。


『ええー!京田七段のお母さん?!』

『若い!そして何かマダム!』

『母親が息子の色紙当てるとかオモロすぎ』

とすごい勢いでコメントが流れていた。


取りあえず進行上、そのまま色紙を受け取って、京田さんのお母さんは私の横に戻って来た。

「はぁ…、見つかってしまったわ」と落ち込んでいた。


(ど、どうしよう……)


私も挨拶した方がいいのかな?

でも何て?!

京田さんがそもそも親に恋人がいるって話してるのかどうかも分からないのに、「彼女です」なん絶対て言えない…!


「綺麗な字ねぇ…。あの子結局何段までいってたのかしら…」

と色紙を眺めて呟いていた。


「あ…、あの、息子さん習字習ってたんですか?」


ドキドキドキと思い切って話しかけてみる。


「ええ…、小6までね。まさかこんな形で将来役に立つなんて思わなかったわ」

「そうですよね…」

「今日は息子がここで解説するって記事をたまたまお友達が見つけて教えてくれて。ダメ元で応募したら当選しちゃったから内緒で来たの」

「そうなんですね…」

「棋士として働いてる姿…、一度くらい見てみたくて」

「京田先生、解説も上手だから大人気なんですよ」

「あら、そうなの?」

「はい、自分の対局だけでも忙しいのに棋院からイベント参加打診されたら絶対断らないし、指導碁の仕事だって積極的に引き受けてるし…、とっても頑張ってますよ」

「あら…、息子のことよくご存じなのね」


(ええ…、もうそりゃあ何もかも知ってますよ。好きな食べ物も飲み物も、何だったら好きな体位まで……とは流石に言えないけど)


「でも、バレちゃったから、もう帰ることにするわ。邪魔したくないしね」


立ち上がろうとしたお母さんを――私は制した。


「大丈夫ですよ。京田さん…、きっと邪魔だなんてこれっぽっちも思ってないと思います」

「そう…?」

「お母さんのこと、大事に思ってます。だって母の日だって誕生日だって…、京田さん、いつも真剣にプレゼント選んでるし」

「――え?」


(は!しまった!余計なこと言っちゃった!これじゃあ彼女だってバレバレかも…)


「じゃあ……昼まではいようかしら」

「そうしてあげて下さい。京田さんも仕事中の頑張ってる姿を見てほしいって、きっと思ってます」

「ふふ…、そうだといいけど」


そうして私と京田さんのお母さんは並んで解説の続きを聞くことにした。


実は5年前に私は一度このお母さんにお会いしたことがある。

プロ試験中、京田さんちに検討しに行った日だ。

(あの時のケーキ美味しかったなぁ…)


私もプロ棋士だから、きっとこの会場にいる人全員に顔はバレている。

だからお兄ちゃんを見習って、今はメガネにマスクをして変装してる私。

こんな格好だと、京田さんのお母さんもあの時家に来た女の子だって気付いてないだろうな。

残念なような…、ホッとしたような…。

 

 


「今日はありがとう。それじゃ…」


12
時になり、大盤解説会はお昼休憩に入った。

京田さんのお母さんは私に一言お礼を言うと、出口に向かって行った。


「母さん!待って…!」


私の横を走って通り過ぎる京田さん。

無事に捕まえることが出来て、何か話している。

遠目だったけど、二人がにこやかに会話してるのが見てとれた。


「ビックリしましたよね〜、まさか京田さんのお母様がいるなんて

柏木女流が背後から私に話しかけて来た。

「進藤さん、私が彼女ですって自己紹介したんですか?隣に座ってたみたいですけど」

「……してないよ」

「えー馬鹿じゃないの?せっかくのチャンスなのに」

「いいの。京田さんがいつか正式に紹介してくれた時に挨拶するから」

「まー惚気ちゃって。そんな日来ないかもしれませんよ?私だって、まだ京田さんのこと諦めてませんからね?」

「さっさと諦めて次行った方がいいよ。京田さん、私のことしか見てないから」

「…言うじゃない」

「だって本当のことだから」

「……」


柏木女流が「はぁー…」と大袈裟に溜め息を吐いてくる。


「まぁねぇ…、京田さんガード堅すぎだもんねぇ。さすがに私も心折れるわ…」

「だからさっさと諦めた方がいいですよ。これ以上追いかけ回しても時間の無駄ですから」

「私、たいていの男なら落とせるんだけどなぁ…」

「私もそう思います。京田さんとかお兄ちゃん以外だったら柏木さんなら落とせるかと」

「あはは…、進藤十段のあのガードの堅さはヤバいよね。師匠もそうだもんねぇ…。進藤門下って師弟揃って浮気とかしなさそう」

「ありえませんね」

「だよねぇ…、残念だなぁ……」


京田さんのこと…、院生の頃からずっと憧れてたのに……

初恋だったのになぁ…。

プロになったら告白しようってずっと思ってたのに――と、柏木さんは呟いていた。


「柏木さん、知ってます?」

「え?」

「いい男って、早いもの勝ちなんですよ?」


プロになったら告白?

そんな悠長なこと言ってるあなたには絶対に京田さんは渡せない。

私なんて11歳で告白したんだからね――






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