MEIJIN 40〜京田視点〜





(また柏木さんか……)


だいぶ前から気付いていた。

自分の対局の記録係や参加するイベントに、毎回同じ女流が悉く現れることを。


「京田さん、今回もよろしくお願いします♪」

「…よろしく」


今回の名人戦第5局の大盤解説会までも一緒担当することになって、流石に俺は小さく溜め息を吐いた。

にっこりと微笑む彼女からは明らかに好意の目を向けられている。

好きでもない女性からのアピールは迷惑の他なくて、

(彩ちゃんが傷ついたら嫌だな…)

と本命の彼女の心配ばかりしてしまう俺がいた――

 

 

 



「京田さん、ちょっと」


タイトル戦の会場が地方の場合、基本は出発から解散まで団体行動だ。

集合場所である東京駅で、挑戦者である進藤君に手招きされる。


「おはよう。今回はご一緒させてもらうよ。よろしく」

「おはようございます。それはいいんですが…、また彼女なんですね」

「また…、ね。流石にそろそろ身の危険を感じるよ」

「ストーカー並みですよね」


先週あった囲碁ゼミナールでも一緒。

今週の棋聖リーグの記録係も彼女。

ここまで露骨にされたら気付かない訳がない。


「気を付けて下さいね。今回は34日も一緒なんですから」

「はは…、長すぎるよ…。睡眠薬でも盛られそう」

「柏木さんが渡してくる飲み物食べ物は口付けない方がいいですよ

「そうするよ…」


棋院一のモテ男、進藤十段のアドバイスはいつも的確だ。


早速

「京田さん、喉渇いてませんか?」

とミネラルウォーターを差し入れしようとしてきた彼女に、俺は

「渇いてないよ」

と拒否したのだった――

 

 



対局会場の旅館に着くと、少しの休憩の後、早速両対局者は検分に入る。

俺もその様子を少し見学させてもらう。

今まで何度も対局場となったことのある旅館なので、特に問題もなくスムーズに進行し、10分程度で検分は終了。

引き続き対局者はそのまま主催新聞社からのインタビューに入った

現在22敗でイーブンの塔矢名人と進藤十段。

この対局に勝利すると防衛か奪取に王手を掛けることになるため、両者ともに絶対に負けたくない一局となるだろう。


今期名人戦中、インタビュー内で必ず聞かれるのが

「初の親子での番勝負となりますが」

という文言だ。

現在35歳の母親と17歳の息子。

世間の期待は当然息子・進藤十段にある。

史上最年少でタイトルホルダーとなった進藤十段が更にタイトルを増やし、史上最年少二冠、史上最年少名人になることを期待しているのだ。

現地入りしているメディアも決着局でもないのに相当な数で、対局会場は人で人で溢れかえっていた。

インタビューを受ける進藤君の前に置かれているボイスレコーダーの数は一体何十本あるんだろう。

 


「進藤十段、相変わらずすごい人気ですね」


俺の横にいた柏木さんがコソッと耳打ちしてきた。

「今回の大盤解説会もファンの女の子が大勢来るんだろうな〜」

「…そうだな」

「でも京田さん目当ての子もいると思うけどな〜」

私みたいに、と彼女が付け加える。

俺は一歩、彼女から離れた。


「もう、何で離れるんですか?」

「…俺に彼女がいるって知ってるよな?」

「当たり前です。むしろこんなにステキな京田さんがフリーだったらビックリしますよ」


彼女持ち上等、な柏木さんの感覚に目眩がする。

ものすごく身の危険を感じてしまった。

油断したら既成事実でも作られてしまいそうだ。


(進藤君助けて……)

 

 

 



「お疲れ様でーす。第5局の成功を祈って乾杯!」


前夜祭の後、関係者だけで食事会が行われた。

(両対局者はルームサービスだ)

俺の隣は記録係の相川二段(20)で、院生の時から結構仲が良かったから、会話も弾んだ。

相川は去年入段なので、柏木さんとは同期になる。

彼女のことをちょっと愚痴ると、鼻で笑われてしまった。


「京田君、普通に優良物件だもんね。そりゃ恋人いても狙われるよ…」

「ど、どこが優良物件なんだよ?」

「えー…、自覚なし?教えてあげようか?まず第一に進藤門下だし21歳にして七段だし。その顔でその身長に出身高は御三家と来るし」


むしろ欠点が見当たらないよ、と言われてしまう。


「おまけに実家は資産家…、とまで来ると、もう嫌味だよね」

「実家は関係ないだろ」

「いやいや…、女は結構そういうところもチェックしてるから。渋谷区出身て隠した方がいいと思うよ。実家の最寄り駅が恵比寿とか広尾って普通にヤバいよ」

「相川君、何の話してるの?」


ひょっこり柏木さんが現れる。

「いや、京田君の渋谷区出身ってヤバいって話――うぐっ」


相川の口を急いで塞いだ。

「え〜京田さん、渋谷出身なんですか?ハチ公の近く?」

「はは…、そんなわけないだろ」と、誤魔化す。


「じゃ、京田さんお変わりどうぞ〜」


俺のグラスにビールを注いできた。

もちろんソレに俺が口を付ける訳がないが。


「ねぇ相川君って、京田さんのおうち行ったことあるの?」

俺に口を塞がれている相川がふるふると首を横に振った。

手を離してやると、

「京田君、今は一人暮らししてるんだよね?」

とまた柏木さんの前で余計なことを口走る。


「えー!そうなんだぁ。私お邪魔したいなぁvv」

「…はは。無理だから」

「ひどーい。掃除くらいしてあげるのにぃ」

「…はは。別に汚れてないから」


毎日のように彩ちゃんが来ることもあってか、部屋は常に一定の清潔度を保ってる俺の部屋。

ベッドのシーツだってマメに変えてるから、いつそういう流れになっても大丈夫だったりする。


(最後にしたのは一昨日だけど、次はいつ出来るかなぁ…)

(この34日の解説の仕事の後も、俺すぐ大阪で対局あるんだよなぁ…)

(あ、彩ちゃんも今日大阪で対局だったよな。勝ったのかな…)

(後で電話してみようかな…、声聞きたいな…)


携帯で時間を確認すると、いつのまにかもう10時になろうとしていた。


〜♪〜〜♪〜


突然の着信。

表示された相手の名前は『彩』で、俺は思わず出てしまった


『あ、京田さん?今電話大丈夫?』

「あー…、ちょっと待って。移動する」


ここはガヤガヤ煩い。

席を移動しようと思ったら――


「京田せんせ〜誰と電話してるんですかぁ?咲希ともっと飲みましょうよ〜」


と柏木さんがわざと電話の相手にも聞こえるような大きな声で叫んで来て、俺は目を見開く。

ふふっと笑う彼女。

電話の相手が恋人だと気付いているんだ。


(こいつ…)

 

 

 




「解説を務めます京田昭彦です。今日明日とよろしくお願いします

「聞き手を務めます柏木咲希です。よろしくお願いします」


翌日午後――大盤解説会・1日目がスタートした。

今日は13時から封じ手の18時過ぎまでの予定だ。

もちろんずっと解説してるわけじゃなくて、両対局者の手が止まってる時間はトークを挟んだりもする。


「京田先生は進藤十段と同門ですけど、プライベートでも十段と遊びに行ったりするんですか?」

「遊びに…、はあんまり無いかな。そもそも進藤君がめちゃ忙しいからね」

「対局数スゴイですもんね〜」

「その間にイベントにも出て、取材や撮影こなして、更には高校も行ってるからね。夏休みも補講で大変そうだったよ」

「なるほど〜。でもあんまり行かないってことは、ちょっとは行くんですか?」

「ちょっとはね」

「えーどういうとこ行くんですかぁ?」


……ずいぶん掘り下げて来るな。

この大盤解説会は生配信されている。

下手なことは言えない。

特にこの前の箱根旅行のこととかは絶対に――


「一緒にご飯食べに行ったり、カフェに行ったりはするけどね…」

「えー、何かデートっぽいですね」


ドッと会場から笑いが起こる。

「どんなこと話すんですか?」

「ほぼ碁の話かな」

「えー、女の子の話とかは?」

「それは無いかな」


キッパリ否定すると、彼女は明らかに残念そうな顔をした。


「…そういえば私、ネットで面白いブログ読んだんですよ」

「どんなブログ?」

「進藤十段が、棋士仲間何人かと箱根旅行に行ったっていうブログ

「……!」


(こいつ…、余計なことを)

「京田先生も一緒だったんですよね?」

「…そうですね」

「他は誰が行ってたんですか?」

「プライベートなことだから、それは教えられないかな」

「えー気になるー」

「あ、何手か進みましたね。解説に戻りましょうか」

「あ、逃げた」

 

 


17
時の休憩に入る頃には俺はもう疲れ切っていた。

少しくらい彼女から離れたいのに、休憩時間まで俺に付いてくる。

はぁ…、勘弁してほしい…。


控え室に移動しようとロビーを横切ろうとしたら――見覚えのあるシルエットが。

 


(―――え?)

 

「あれ?彩ちゃん?」


 


NEXT(彩視点)