MEIJIN 30〜精菜視点〜





名人戦第4局が京都で開幕した。

平日だった為、私はまた休み時間ごとに携帯で行方をチェックしていた。


「精菜〜。次の授業、多目的ホールだよ」

携帯に夢中になってると彩が呼びに来た。

「あ、ごめん。行こうか」

「お兄ちゃんどんな感じ?」

「まだ五分。これからだよ」

「そっか〜」


今日の5時間目は外部講師による保健体育の講義だ。

6の時も同じようなのを受けたけど、あの時は生理とか精通とか、どうやったら妊娠するとか、生物学的な内容がメインだった。

でも今回は違う。

高校1年生に学校が教える保健体育。


それはもちろん、避妊の大切さだ――

 

 



「衝撃的だった〜」

「学校だけは辞めたくないよね」

「彼氏にちゃんと言わなきゃー」


講義の後、クラスメートが口々に感想を言い合っている。

高校1年生にもなると、彼氏彼女がいる確率はぐんと上がる。

このクラスだと、3分の1はいるだろう。

もちろん皆、当然既に経験済みだと思う。

もちろん、私と彩もだ――


「精菜、さっきの見てどう思った?」

「まぁ気を付けなきゃとは思ったかな」

「だよねー」


講義中に見せられたDVD

それは高校在学中に妊娠してしまって、退学という道を選ばざるを得なかった女の子の末路だ。

おまけにお相手も高校生で、彼氏の方は最終的には逃げてしまったという結末。


「京田さんは逃げないよね…?」

と彩が心配していた。

逃げはしないけど、おじさんには確実に殺されるだろう。


「お兄ちゃんはどうするんだろうね?」

「私は佐為を信じてるから」

「でもお兄ちゃん自体が親が18の時の子供だからなぁ…。あ、お母さんは17か」

「おじさんはよく逃げなかったね」

「お父さんは確信犯だから」


佐為の両親の馴れ初めはお父さんから聞いてるから、私も知っていた。

おばさんを確実に手に入れるために妊娠という手段を取ったことを

産まれるまでに結婚出来る18歳になるよう、逆算して付き合い始めたことも。


「まぁお父さんもお母さんも高校行ってないしね。18で名人取るぐらいだから、それなりに収入あっただろうし。さっきのDVDは色々違うよね」

「そうだね…」


佐為も私もそれなりに収入はある。

それなりというか、既に二人とも1千万は軽く超えてるけど。

佐為はタイトル戦の行方次第では更に大台に乗ることだろう。

京田さんだって同じだ。

3
大リーグ入りをしてる彼の収入はなかなかのものだと思う。

私達の彼氏は充分子育てが出来るだけの収入はあるけれど―――学校側が伝えたかったのは恐らくそういうことではない。


「彩、一番の避妊方法はエッチしないことだって言ってたね」

「そりゃそうだと思うけどさ〜…、絶対無理!二人きりなのにしないとか有り得ない」

「でも彩はちょっと……しすぎじゃない?」

「そ、そんなこと、ない、よ…?」

彩の目が途端に泳ぎだす。

「じゃあ最後にしたのはいつ?お義姉さんに話してごらん?」

彩が「えー……昨日?///」と小声で教えてくれる。

「ほら〜」

「精菜だって!お兄ちゃんが京都から帰って来たらするくせに!」

「それは秘密だけど」

「あ、ズルい。精菜も教えてよ」


ふふ、と笑って誤魔化して、私は再び佐為の対局を観るために携帯を取り出した。

 

 


――え?

 

 


「精菜?どうしたの?」


私の表情が固くなったので、彩も覗いてくる。

5
時間目が始まる前は五分だった戦局が……AI表示で現在は佐為の方が30%にまで落ちていたのだ。

少し巻き戻して経過を見てみると、数手前に佐為の方に大きな失着があったみたいだった。

口を右手で覆って盤面を凝視してる彼。

明らかに「やってしまった…」感を出していた。


(佐為……)

まだ1日目の午後なのにこの評価値差。

巻き返しの一手を模索するために、しばらく佐為は長考に沈む。


「お兄ちゃんやっちゃったねぇ…。まぁそうなるようお母さんが上手く誘導したんだろうけど」

「うん……」

 


その後何とか勝負手を繰り出してはみたものの、見事なまでに名人にかわされて。

2
日目が始まる頃には既に勝負は付いてしまっていた。

持ち時間の差も酷く、名人が残り5時間なのに対し、佐為は2時間を切ってしまっている。


(もう投げてしまいたいよね…、佐為)

でも現地では大盤解説会もまた開催されている。

楽しみに駆けつけてくれたファンの為にも、少しでも長く打ち続けなければならない現状だ。

食事だってそうだ。

対局者が頼む食事やおやつは毎回注目される。

この日の為に新メニューを考案してくれたお店も多いと聞く中で、昼食前に終わらすことは流石に出来ないだろう。

 



14
30分――持ち時間を使い切り、秒読みが始まったタイミングで佐為は投了した。

その後大盤解説会に顔を出した両対局者。


佐為は早い時間の投了への申し訳なさからか、

「時間があるので…」

と珍しく解説会の大盤を使って観客の目の前で検討を始めた。

もちろんそれに名人も賛同する。

解説の社先生も混ざって、

「やっぱりここが敗着でしたか?」

「そやなぁ、17の十七だったら難しく出来たかもしれんけど」

「それならこっちもだいぶ怖かったね」

30分は感想戦をしていた。


いつもなら一局の感想と次局への意気込みだけでさっさと帰ってしまう進藤十段からの思わぬサービス。

観客は大興奮の大満足で帰って行ったそうだ。


「負けちゃったけど感想戦最高でした!」

「来てよかったー!」

「私今までは進藤十段ってクールすぎてあんまりだったんですけど、今日からファンになっちゃいました!」


と佐為ファンの女性達がインタビューを受けてるところが夕方のニュースで流れていたのだった。


(もう、また無自覚にファン増やしてる……)

 

 


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