●MEIJIN 27●〜アキラ視点〜
緒方さんが僕にクレームを言ってきたのは、名人戦第3局が終わっ
昨夜佐為と精菜ちゃんが一夜を過ごしたことに、緒方さんも気づい
「あれだけ芦原に釘を刺して貰ったのに!」
とご立腹だった。
タイトル戦の地方遠征の場合、バスの手配などの関係で基本は団体
僕と佐為は一緒に住んでるけど、今回はタイトルホルダーと挑戦者
家を出る時間もバラバラだったし、新幹線の席だって棋院スタッフ
もちろん高山の旅館に向かう大型バスの席もだいぶ離れて座った。
旅館に着いてからも検分の時は一言二言話したが、それも立会人を
当然対局中は朝の挨拶と「よろしくお願いします」「ありがとうご
もちろん終局後の感想戦は話はするけれど、それは碁の内容ばかり
打ち上げだって席を離される。
つまり――タイトルホルダーと挑戦者は、タイトル戦中はほぼ私的
(あれ?ヒカルとはそんなことなかったと思うんだけどな。ヒカル
チラリと後ろの佐為の方を見る。
移動中は常にメガネにマスクな彼は、今日もそのスタイルだ。
無防備にも、うたた寝していた。
(もちろん上手いこと寝顔は隠してるが。まぁ昨夜はほぼ寝ていな
一方精菜ちゃんは芦原さんと談笑中だ。
二人は外では必ず一定の距離を取るらしい。
佐為が有名になりすぎたせいで、大っぴらににデートも出来てない
僕が佐為の歳の時は既に妊娠していて、入籍もヒカルの誕生日に即
(いや、中学の時打ってもらえなかった時は辛かったかな…)
「…緒方さんは反対なんですか?佐為と精菜ちゃんの交際を」
「俺が反対したところで言うことを聞かんだろう!」
「僕と進藤の時だって反対してましたよね?」
「当たり前だろう!生まれた時から見守ってきた可愛い妹弟子を…、あんな進藤なんかに孕まされて」
「でも緒方さん、いつもそういう割には進藤のこと認めてますよね
「……碁に関してだけはな」
「佐為のことも認めてますよね?」
「……まぁな」
緒方さんとは生まれた時からの付き合いで、よく分かってるつもり
何だかんだ言いながらも、お節介なくらいいつも気にかけてくれて
反対しながらも僕の意見を尊重してくれる優しい兄弟子だ。
ただ、一言言わないと自分の気が済まないから、口にしてるだけな
どうせ東京駅に着くまで暇だし、兄弟子の愚痴に付き合ってやろう
「それで?今度は何があったんですか?」
「精菜の待ち受けが佐為君とのツーショットだった…」
ふーん。
「しかも二人とも浴衣姿だぞ?ありえんだろう」
「いつ撮ったんでしょうね?」
「アレに決まってる。絶対7月の最後の土日に彩くんと箱根旅行に
「ああ…、行ってましたね。確か棋士仲間何人かと」
「お前の娘も一体どうなってるんだ?!精菜はいつもいつも彩くん
「確かに箱根には佐為も行ってましたね」
「どうせ佐為君と同じ部屋に泊まって、その時にでも撮ったんだろ
「鋭いですね、緒方さん。流石です」
「だいたい今朝の精菜の首元見たか?」
「いえ」
「佐為君をシバキたくなったぞ」
「痕でも付いてましたか?」
「アキラ君…、そんなハッキリ言わないでくれ……」
緒方さんがズーンとショック受けたように沈んだ。
「いいじゃないですか…、今だけですよ。きっと」
「いいや、お前と進藤を見てたら10年後も20年後も変わらない
「それはそれでいいじゃないですか、仲が良くて。緒方さん、娘に
「それは……そうだがな」
「佐為ならきっと精菜ちゃんを幸せにしてくれますよ」
「そうでないと殺す。精菜を捨てたら殺す。絶対に責任取らす」
「はは…、目が据わってますよ緒方さん」
東京駅に着くまで、その後もひたすら僕に愚痴る緒方さん。
とにかく精菜ちゃんが心配で。
悔しいけど佐為のことをも認めてくれてて。
娘の為に一応は許してくれてるんだと思う。
来週、女流本因坊戦が始まる。
またタイトルホルダーと挑戦者という立場ではあるけれど。
息子の恋人である未来の娘と、少しでも話が出来たらいいなと思う
「お疲れさまでしたー」
東京駅に着き、ここで一行は解散となる。
ホームに降り立った佐為と精菜ちゃんは、また一定の距離を取る。
もちろん、お互いたまに目で追ってて、意識し合ってるのは一目瞭
「佐為、僕らはタクシーで帰ろうか」
「そうだね……」
僕と佐為はタクシー乗り場に向かう。
緒方さんと精菜ちゃんは駐車場の方向に向かって行った。
(芦原さん達はJRの方向だ)
「……お母さん。ちょっとここで待ってて貰える?」
「え?」
スーツケースを僕に託して、佐為が駆け出していく。
(……青いなぁ……)
きっと向かった先は駐車場――精菜ちゃんのところだろう。
二人が次会えるのはいつなんだろう。
最後の最後に、精菜ちゃんを抱き締めたい気持ちは分からなくもな
緒方さんが怒り狂う姿が目に浮かぶけど。
でも、ちょっとだけ青いのもいいなと思った。
僕も帰ったら、いい子にお留守番していたヒカルを、たまには抱き