MEIJIN 27〜アキラ視点〜





「お前の息子は一体どうなってるんだ!!」


緒方さんが僕にクレームを言ってきたのは、名人戦第3局が終わった翌日の、帰りの新幹線の中だった。

昨夜佐為と精菜ちゃんが一夜を過ごしたことに、緒方さんも気づいているらしい。

「あれだけ芦原に釘を刺して貰ったのに!」

とご立腹だった。

 

 


タイトル戦の地方遠征の場合、バスの手配などの関係で基本は団体行動となる。

僕と佐為は一緒に住んでるけど、今回はタイトルホルダーと挑戦者という立場なのでずっと一緒というわけではない。

家を出る時間もバラバラだったし、新幹線の席だって棋院スタッフが気を利かせてくれてか、離れた席を座席指定されていた。

もちろん高山の旅館に向かう大型バスの席もだいぶ離れて座った。

旅館に着いてからも検分の時は一言二言話したが、それも立会人を通してという感じで。

当然対局中は朝の挨拶と「よろしくお願いします」「ありがとうございました」ぐらいだ。

もちろん終局後の感想戦は話はするけれど、それは碁の内容ばかり

打ち上げだって席を離される。

つまり――タイトルホルダーと挑戦者は、タイトル戦中はほぼ私的な会話をするチャンスがないんだ。

(あれ?ヒカルとはそんなことなかったと思うんだけどな。ヒカルはしょっちゅう席を移動して僕の横にやってきてたし、何なら夜もしょっちゅう僕の部屋に押しかけて……)

 

チラリと後ろの佐為の方を見る。

移動中は常にメガネにマスクな彼は、今日もそのスタイルだ。

無防備にも、うたた寝していた。

(もちろん上手いこと寝顔は隠してるが。まぁ昨夜はほぼ寝ていないんだろう)


一方精菜ちゃんは芦原さんと談笑中だ。

二人は外では必ず一定の距離を取るらしい。

佐為が有名になりすぎたせいで、大っぴらににデートも出来てない二人。

僕が佐為の歳の時は既に妊娠していて、入籍もヒカルの誕生日に即したから、会えない辛さというものは僕は経験していない。


(いや、中学の時打ってもらえなかった時は辛かったかな…)

 

 



「…緒方さんは反対なんですか?佐為と精菜ちゃんの交際を」

「俺が反対したところで言うことを聞かんだろう!」

「僕と進藤の時だって反対してましたよね?」

「当たり前だろう!生まれた時から見守ってきた可愛い妹弟子を…、あんな進藤なんかに孕まされて」

「でも緒方さん、いつもそういう割には進藤のこと認めてますよね?」

「……碁に関してだけはな」

「佐為のことも認めてますよね?」

「……まぁな」


緒方さんとは生まれた時からの付き合いで、よく分かってるつもりだ。

何だかんだ言いながらも、お節介なくらいいつも気にかけてくれて、然りげなく助けてくれている。

反対しながらも僕の意見を尊重してくれる優しい兄弟子だ。

ただ、一言言わないと自分の気が済まないから、口にしてるだけなのだ。

どうせ東京駅に着くまで暇だし、兄弟子の愚痴に付き合ってやろうと思った。


「それで?今度は何があったんですか?」

「精菜の待ち受けが佐為君とのツーショットだった…」


ふーん。

「しかも二人とも浴衣姿だぞ?ありえんだろう」

「いつ撮ったんでしょうね?」

「アレに決まってる。絶対7月の最後の土日に彩くんと箱根旅行に行った時だ」

「ああ…、行ってましたね。確か棋士仲間何人かと」

「お前の娘も一体どうなってるんだ?!精菜はいつもいつも彩くんと行ってくるとだけ言うが、絶対違うだろうが」

「確かに箱根には佐為も行ってましたね」

「どうせ佐為君と同じ部屋に泊まって、その時にでも撮ったんだろう」

「鋭いですね、緒方さん。流石です」

「だいたい今朝の精菜の首元見たか?」

「いえ」

「佐為君をシバキたくなったぞ」

「痕でも付いてましたか?」

「アキラ君…、そんなハッキリ言わないでくれ……」


緒方さんがズーンとショック受けたように沈んだ。

「いいじゃないですか…、今だけですよ。きっと」

「いいや、お前と進藤を見てたら10年後も20年後も変わらないと思うぞ」

「それはそれでいいじゃないですか、仲が良くて。緒方さん、娘には幸せになってほしいって、いつも言ってるじゃないですか」

「それは……そうだがな」

「佐為ならきっと精菜ちゃんを幸せにしてくれますよ」

「そうでないと殺す。精菜を捨てたら殺す。絶対に責任取らす」

「はは…、目が据わってますよ緒方さん」


東京駅に着くまで、その後もひたすら僕に愚痴る緒方さん。

とにかく精菜ちゃんが心配で。

悔しいけど佐為のことをも認めてくれてて。

娘の為に一応は許してくれてるんだと思う。


来週、女流本因坊戦が始まる。

またタイトルホルダーと挑戦者という立場ではあるけれど。

息子の恋人である未来の娘と、少しでも話が出来たらいいなと思う

 

 

 


「お疲れさまでしたー」

東京駅に着き、ここで一行は解散となる。

ホームに降り立った佐為と精菜ちゃんは、また一定の距離を取る。

もちろん、お互いたまに目で追ってて、意識し合ってるのは一目瞭然なのだけれど。


「佐為、僕らはタクシーで帰ろうか」

「そうだね……」


僕と佐為はタクシー乗り場に向かう。

緒方さんと精菜ちゃんは駐車場の方向に向かって行った。

(芦原さん達はJRの方向だ)


「……お母さん。ちょっとここで待ってて貰える?」

「え?」


スーツケースを僕に託して、佐為が駆け出していく。

 


(……青いなぁ……)

 


きっと向かった先は駐車場――精菜ちゃんのところだろう。

二人が次会えるのはいつなんだろう。

最後の最後に、精菜ちゃんを抱き締めたい気持ちは分からなくもない。

緒方さんが怒り狂う姿が目に浮かぶけど。


でも、ちょっとだけ青いのもいいなと思った。

僕も帰ったら、いい子にお留守番していたヒカルを、たまには抱き締めてあげようかなと思ったのだった――

 

 

 


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