●MEIJIN 25●〜精菜視点〜
21時45分。
今日も卓球に誘ってきた芦原先生に、疲れてるからとなんとか上手いこと断
佐為が来るまであと15分しかないので、急いでシャワーを浴びて
大盤解説会ですれ違う時、こそっと「22時に部屋に行くから」と
(お父さん芦原先生ごめんなさい…)
この旅館で佐為に会うなと散々言われた。
どこで誰が見てるか分からないからと。
でも、そんなの無理だ。
佐為が来るのに拒否なんて出来ない。
会いたい気持ちを抑えることが出来ない。
ピンポーン
22時きっかりにベルが鳴る。
ドアを開ける前にそっと覗き穴で訪問者の顔を確認した。
――え?
ガチャリと開けたドアの先にいたのは男性従業員――ではなく佐為
部屋に招いて急いでドア閉めた。
「佐為、その格好なに?」
「似合う?」
そう――今の佐為は甚平にエプロンという、この旅館の男性従業員
おまけにメガネもかけている。
(何のサービス?!しゃ、写真撮りたい!)
「僕の部屋を担当してくれてる仲居さんに相談したんだ。昨日自販
他のお客さんに見つからずに新館に行く方法がないか、佐為は聞いた
そしたら従業員用の裏通路を使ってくれていいと案内されたらしい
ただこの裏通路を使うのにお客様用の浴衣だと返って目立つ為、男
「無事誰にも見つからずに来れたよ」
「よかった…、すっごく似合ってるよ」
「ありがとう」
こんなカッコいい従業員がいる旅館なんて、きっと噂が噂を呼んで
(私も通っちゃうかも…)
「会いたかった…精菜」
「佐為…私も」
見つめ合った私達は早速唇を合わせた。
この部屋は一人部屋だ。
当然布団も1枚しか敷かれていないけど、でも何も問題はないと思
だって箱根の温泉でも使った布団は片方だけだったからだ。
行為の後も片方の布団で抱きしめ合って朝まで眠ったのだった。
「精菜もう温泉入った?」
「……シャワーは浴びたよ」
「シャワー?」
温泉旅館なのに温泉に入ってない私を、佐為は不思議そうに首を傾
「あ。もしかして生理中?」
「ううん……そうじゃなくて」
私はどうしようか迷ったけど、正直に話すことにした。
佐為のファンも大勢来てるから、大浴場で鉢合わせたくないことを
容姿のことを直接指摘されたことも……
「そうだったんだ…」
ごめんな…、と佐為が謝ってくる。
「せっかく温泉に来てるのに残念だよな…」
「ううん、いいの。私にとっては佐為を近くで応援することが目的
「ありがとう…」
すると佐為が何かを思い出したかのように、ハッとした。
「そういえば精菜、僕の部屋は内風呂付いてるんだけど」
「え?」
「そこなら誰の目も気にすることなく温泉入れるよ」
「それは…そうだけど…」
「じゃ、部屋移動しようか」
佐為に玄関まで手を引かれていく。
カチャ…とドアを少し開けて、廊下に誰かいないか確認していた
「でも私はお客様用の浴衣だし、従業員用の裏通路は目立つと思う
「別々に行こう。精菜はいつも通りそこのエレベーターで1階に降
10階の華の間が僕の部屋だから…と耳元で囁かれる。
「分かった…」
「じゃ、後で」
佐為は従業員用の通路へと消えて行った。
私も言われた通り、まずはエレベーターで1階に降りた。
(うわ、ロビー結構まだ人が多い)
「緒方先生、今日はありがとうございました」
「あ、はい、こちらこそ。楽しんでいただけたなら良かったです」
年配の囲碁ファンのおじいさんに声をかけられる。
「緒方先生も女流本因坊戦頑張って下さいね」
「はい、頑張ります」
囲碁好きのおばあさんからも声をかけられる。
「明日はもうお帰りですか?ゆっくりして行かれたらいいのに」
「学校がありますので」
「またぜひいらして下さいね」
「ありがとうございます。ぜひ」
次々に呼び止められる。
(うわーん!誰か助けてー!)
ようやくロビーを抜けた私は、本館へ向かう連絡通路に入った。
エレベーターまで後少しだ。
あ、エレベーター前に誰かいる…………って、おばさん!!
「あれ?精菜ちゃん?」
「お疲れさまですー…」
「お疲れさま」
エレベーターを待っていたのは、紛れもなく塔矢アキラ名人様。
佐為のお母さんだった。
ど、どうしよう……
「精菜ちゃんの部屋、何階?」
エレベーターに乗り込んだおばさんが、親切にもボタンを押してく
「えっと……10階です」
「一緒だね」
……ですよねー。
本館10階は特別室の階だ。
ここに泊まれるのはおそらく対局者の二人と、立会人のみ。
単なる聞き手の私が同じ階の訳がないっておばさんはきっと気付い
「来週から女流本因坊始まるね。よろしく」
「あ、はい!よろしくお願いします」
エレベーターが10階に到着する。
先に降りるよう促されて降りたのはいいけれど……どうしよう。
「じゃ、お休み精菜ちゃん。あんまり夜更かししないようにね」
「…へっ?」
くすりと笑ったおばさんが右奥を指さしてきた。
「華の間はそっちだよ。佐為によろしく」
そう言うとおばさんは左奥の桜の間に入って行った。
カーッと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「精菜?遅かったな」
華の間からお客様用の浴衣に着替え直した佐為が出てきた。
「佐為〜〜」
一緒に部屋に入って、私は一部始終を佐為に話したのだった――