MEIJIN 22〜精菜視点〜





「解説を務めます緒方精次です。今日はよろしくお願いします」

「聞き手の緒方精菜です。今日はよろしくお願いします」

「同じく聞き手の芦原弘幸でーす。よろしくお願いしまーす」

「――て、何でいるんだ芦原…!」

「いいじゃないですかー。同門同士仲良くアキラを応援しましょうよ」

 


名人戦第3局が開幕した。

大盤解説を担当するのがお父さんと私。

それと飛び入り参加の芦原先生。

お父さんは不満そうだけど、私としては3人の方がやりやすいから大歓迎だ。

特に芦原先生は昔から私にも気さくで優しくて面白くて、大好きな先生だからだ。


「芦原先生は昨日中部総本部で対局でしたよね?その帰りですか?

「そうそう。隣の県で行われてるし、ちょっと見に行くつもりで来たんだけど……いや遠かったねー!総本部から3時間もかかっちゃったよ。東京に帰る方がよっぽど早かったね」

会場中からドッと笑いが起きていた。


軽くトークした後、早速現在局面までの解説に入る。

お父さんと芦原先生が常にリードして話してくれるから、私は相槌ぐらいでよくてすごく楽だった。

もちろん今回も抽選会が行われる。

一番人気はもちろん棋士の色紙で、今回は私も2枚書いたり。


(相変わらず佐為の字キレイだなぁvv

 

「じゃあ次は……107番の方!おめでとうございまーす」


芦原先生が引いたクジに、中央あたりにいた女の子から「きゃーvv」と悲鳴が上がる。

佐為の色紙は今回は女子大生くらいの女の人が当選したみたいだった。


「おめでとうございます」

と色紙を手渡すと、

「ありがとうございます。わざわざ東京から来た甲斐がありました〜♪」

とその女性は興奮気味だ。

ちょっとだけ……嫌な気分になった。


佐為が人気があるのは昔からのこと。

小学校の時からモテモテだったし、告白されてるところだって何度も見たことがある。

プロになってからはイベントに出るたびに女の子に囲まれていた。

もちろん佐為もプロ意識で彼女たちを決して無下にはしない。


(サービス精神が多いのはいいことだけど…)


私達の関係はプロ棋士ならほとんどの人が気付いてるけど、一般の人には知られていないから。

世間から見たら彼はフリーなのだ。

だから佐為が行くところ行くところに現れて、自分をアピールしているのだろう。


(この女性も何度か見たことある気がする…)


こんな岐阜の山奥まで押しかけて来る佐為の熱狂的ファン。

ファンの存在は囲碁界的にはありがたいんだろうけど――恋人的には気分は最悪だ。

 

 

 


「じゃあ16時まで休憩入りまーす」


すっかり仕切ってる芦原先生の声で、解説会参加者がトイレや物販、喫煙室にわらわらと散っていった。

私も控え室に戻ろうとすると、

「緒方先生、お疲れ様です」

と廊下で女性達に呼び止められた。

一番右の子はさっき色紙を当ててた女性で、おそらく全員が今回東京からわざわざ佐為を応援しに来たファンだと推測する。

嫌な予感がした。


「緒方先生って、高校生なんですよね?」

「え?…はい」

「今日は学校はサボりなんですか?」

「…サボりというか仕事で休んでます」


プッと一人の子が吹き出す。

「仕事?わざわざ高校生に頼むぐらい棋院は人手不足なんですか?

「…それは分からないけど、事務に頼まれたから」


「嘘ばっかり。単に進藤十段の傍にいたいだけでしょう?」

「……」


この人たちが言おうとしてることが分かった気がした。

私が佐為にアピールしようと、わざわざ聞き手に立候補して岐阜に同行したと思ってるんだろう。

女流棋士は他にも大勢いるのに、わざわざ高校生の私を学校休ませてまで聞き手に抜擢する意味が分からないと。

敵意剥き出しの目で、そう言われた気がした。


「いいわよねぇ、同業者の特権で傍にいれて」

「私達なんて大変だもんねー。大盤解説会なんて倍率高くてなかなか当たらないし。交通費だってかかるし、会場のホテル代はどこもバカ高いし」


確かに私は今回聞き手として来てるわけだから、行程も佐為と丸っ切り同じで組まれていた。

東京駅の新幹線からずっと一緒で、もちろん交通費は主催持ち。

この普通に払ったら17万とかする高級旅館の宿泊費も全部支払って貰っている。

ファンは前夜祭と終局後の大盤解説会での挨拶でしか佐為の姿を見れないけど、私は前夜祭後の夕食会や終局後の打ち上げも一緒。

なんなら対局開始の時、対局室にだって入れちゃう。


(本当…、プロになって良かった。ただの彼女だったらこんなに近くにいられなかったもんね)


「緒方先生も進藤十段のこと、狙ってるんでしょう?」

「あなたが十段を見る目、どこからどう見ても恋してる乙女の目だもの」


カッと赤くなる。

だったら、何?

佐為に恋して何がいけないの?

佐為を一目見るだけで胸が熱くなる――それの何がいけないの?


「進藤十段に近付かないでね?彼も17歳で若いから、間違ってその気になったら困るから」


彼女達が私の胸元を見てくる。

対局の時はなるべく地味な服装を選んでるけど、こういう聞き手の仕事は華やかさも求められるから、今日は少し体のラインが分かってしまうワンピースを着ていた私。

胸のボリュームも一目瞭然で、私は思わず隠すように手で胸を覆った。


「高1のくせに何カップよ」

「やだやだ何で緒方精菜が聞き手なのよ。もっと中年のオバサンでいいのに」

「ねー。奈瀬女流がよかったよねー面白いし」


口々に言われ、私は立場上言い返すことも出来ず立ち尽くした。

涙が出そうだった。

 

「――はい、そこまで」


一人の男性が私達の間に割って入って来た。

彼女達はヤバイと思ったのか直ぐ様去っていく。


「精菜ちゃん大丈夫?」


助けてくれた芦原先生が――私を心配して優しい声をかけてくれる

安心して涙が勝手に溢れてくる……


「なんかヤバそうな雰囲気だったけど、何か言われた?」

「…大丈夫です。いつものことだから……佐為に近付くなって

「あちゃ〜」


またか〜と芦原先生が優しく頭を撫でてくれる。

「人気者の彼氏を持つと辛いな。公に出来ない分特に」

「公になんてしたらもっと酷くなると思います…」

「うーん、そうだよなぁ」


公表してしまったら私はきっと佐為のファンにもっと酷い態度を取られるだろう。

マスコミにだって追いかけ回されるかもしれない。

なんとしてでも隠し通さなければならないのだ。

佐為と結婚するその日まで――


「とりあえず、今日は俺か緒方先生の近くに常にいること。いい?

「はい…」

「間違ってでも、佐為君に会いに行っちゃダメだよ?あの子たちもこの旅館に泊まってるみたいだし、どこで誰が見てるか分からないからね?」

「…はい」


頷くしかなかった。

芦原先生と一緒に控え室に戻り、その後はずっとお父さんの傍にいることにした。

お父さんの傍にいれば、あの子たちは近寄って来ない。

安心して仕事を全う出来た。


問題は――佐為も近寄って来ないってことなんだけどね……

 

 


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