●MEIJIN 21●〜京田視点〜
「負けました…」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
十段戦最終予選、決勝。
俺は激闘の末勝利し、本戦トーナメントへの切符を手に入れた。
感想戦を終えて対局室を出ると、廊下がいつもより人の通りが多い
それもそのはず。
隣の幽玄の間では王座戦の挑戦者決定戦、しかもタイトルホルダー
帰り支度をしながら、俺は戻ってきた携帯でYouTubeを開く。
もちろん今まさに対局中の二人の映像が囲碁チャンネルで中継され
腕を組んで盤面に没頭する窪田碁聖。
扇子を顎にあてて読み耽る進藤十段。
AIの評価値は50%と記されていた。
(この石の並び……少し前までは進藤君がかなり良かったはずだ
でも今は五分。
一体何があったんだ?
配信を少し巻き戻して石の流れを確認する。
(17の十一…、この一手で白が息を吹き返している)
窪田さんが打った16の十二は一つの筋で必死の対応だ。
それに15の十三と対応したのがマズかった。
もし17の十一と遮っていて、15の十には15の十一をアテてい
15の九と出られても、16の九、16の十四と冷静に対応出来て
AIも恐らくそれを推奨して90%を示しいていたんだろう。
だけど実際は17の十一以降黒の攻めが空転し、白地ばかりが増え
(ここから仕切り直しだな…)
半目を争う難解なヨセ勝負に突入だ――
「京田七段、お疲れ様です。もう帰っちゃうんですか?」
帰り際、事務に立ち寄ると馴染みの女性職員が話しかけてきた。
王座戦を最後まで見ていかないのかと驚いている。
確かに記者室には二人の対局を検討中の棋士が大勢いるだろう。
俺だってここで見届けたいのは山々ではあるんだけど……
「はい。この後用事があって…」
「えー。もしかしてデートだったり?」
「まぁ…、そんなとこです」
ストレートに返すと、その女性職員はショックを受けたような顔つ
(この人既婚者なのに…)
「お疲れ様でした」
事務を出て、直ぐさま駅に向かう。
棋院の出入り口も記者やカメラマンでごった返していた。
(さすが進藤君だよな…)
恐らく今回の窪田さんの相手が別の人だったなら、こんなに報道は
17歳――史上最年少でタイトルホルダーとなった進藤君が、17歳の
(俺も頑張らないとな…)
足速に俺は自宅へ急いだ。
「ただいま」
「あ、京田さん!お帰りなさーい」
家に帰ると、開口一番「本戦出場おめでとう!!」と彩ちゃんが抱
「ありがとう…。中継見てくれてたんだ?」
「当たり前だよ〜。朝からガン見してた」
進藤君の対局の裏で、俺の対局も一応YouTube配信はあった
もちろん視聴者数は進藤君達の10分の1とかだろうけど。
彩ちゃんは学校に行ってる間も休み時間ごとに応援してくれてたら
「今日めっちゃ忙しかったよ。京田さんの中継とお兄ちゃんのと、
タブレットと携帯とテレビの3デバイスで応援を頑張ったらしい。
「もちろん京田さんがテレビだからね♪大画面で見ちゃった」
「はは…、ありがとう」
リビングに行くと、今は進藤君の対局に切り替わっていた。
さっきの続きを俺も見てみることにする。
もう終局間近だった。
「細かいよね。一瞬だけだけど窪田さんに評価値が触れた時もあっ
だけど進藤君が放った2の八以降、白の勝ち筋はない。
進藤君は11の八を打つ前に12分の持ち時間を投入し、16の八
彼のヨセの強さを見せつけられた一局となった。
「窪田さん…、悔しそう」
ダメ詰めから整地まで、珍しく悔しさを窪田さんは隠そうとしなか
それだけこの一局にかける想いが強かったんだろう。
結局272手で進藤君は勝利した。
つまり――王座戦も挑戦することに決定した瞬間だ。
「お兄ちゃん、すごーい!」
彩ちゃんがやった!やった!と喜んでいる。
僕もいつか、彩ちゃんをこんな風に喜ばせてあげたいなと思った――
余談だけど、窪田さんの新しい恋人は内海女流二段だったらしい。
進藤君のクラスメートでもある彼女は、恐らく昔進藤君のことを好
彼女でもないのに特別扱いは出来ないと進藤君から打ってもらえな
(だからって窪田さんがあんなに露骨に感情を表に出すなんて…)
(よっぽど彼女のことを大事にしてるんだな…)
とは言え進藤君に失礼な態度を取ってしまったことを、申し訳なか
今までは1年とか2年とか、比較的短いサイクルで恋人が変わって
内海女流とは長く続いてほしいなと思った――