MEIJIN 16〜精菜視点〜





「精菜お待たせ!」



彩から予め渡されたルームキーで部屋に入って、彼女の帰りを待っていた私。

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時前になってようやく大盤解説を終えた彩が部屋に帰ってきた。

解説会用の綺麗めのワンピースを着ていた彼女は早速それを脱ぎ捨て、普段着のチュニックに着替えていた。


「お疲れさま」

「ホント疲れた〜〜!明日もあるなんて考えただけでゾッとするよ〜」

「楽しそうにおじさんと漫才してたじゃない」

「それよそれ!お父さんに合わせるのホント大変過ぎるよ!もう二度と家族とは解説したくないわ」


そういう私は第3局を自分の父親と一緒に担当する。

彩の心労具合を見ると、自分も不安になってきた。


「あ、夕飯ルームサービスにしてもらったから。19時に指定したからもうちょっとしたら届くと思うよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「ふふふ〜しかもお兄ちゃんの夕飯と同じメニューだよ〜」


対局者の食事は前夜祭前に全て事前にオーダーすることになっている。

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時ちょうどにピンポーンとチャイムが鳴り、彩が「来た来た♪」とご機嫌に受け取りにドアへ向かった。

夕飯はイタリアンのフルコースだった。

ただルームサービスだから一品一品の提供ではなくまとめてテーブルいっぱいに置かれて、「どれから食べよう♪」と彩はご機嫌だ。


「やばっ、この牛フィレ美味しすぎ!精菜も食べて食べて〜」

「彩、そんなに急いで食べると喉詰まらすよ?」

「大丈夫大丈夫♪」

と言いながら1分後にはゴホゴホ噎せていた。



「あ〜幸せ♪美味しかった〜」


食事を終えた彩がベッドにゴロンと寝そべった。

食べてすぐ横になると太るよ…とも忠告しようかと思ったけど、彩があまりに幸せそうなのでやめておく。



「…ねぇ精菜、明日の夜はお兄ちゃんの部屋に行くの?」


おじさんにも言われたことを彩にまで言われ、顔が赤くなる。


「もう、行くわけないでしょう?タイトル戦中なのに」

「でも明日は決着付いてるよ?」

「それは…そうだけど」

「お兄ちゃん期待してると思うけどな〜」

「……」


終局後は感想戦や打ち上げもあって意外と忙しい。

疲れて帰って来たところに私が来たら、更に疲れるんじゃないだろうか。

(もちろん疲れるコトをすること前提だけど…///


――でも


先日佐為の家に押しかけた時、彼はあまりにすんなりと私を受け入れてくれた。


『もう気が狂いそうだったよ…精菜不足で』

『今更やっぱり帰るとか言っても、もう帰さないからな…っ』


あの時の彼の様子を思い出して、頬が熱くなる。

なんか大歓迎してくれそうな気がしてきた。



「やっぱり行ってみようかな…」

「うんうん、そうしなよ〜。あ、ちなみに1401だからね♪」

「え?」

「お兄ちゃんが泊まってる部屋番号♪」


スタッフにちゃっかり確認済の抜かりない彩が教えてくれる。


「ちなみにお父さんもお母さんの部屋に押しかけるって行ってたよ。あ〜明日はお父さんもお母さんもお兄ちゃんも帰って来ないのか〜、寂しいから京田さんち行っちゃおうかなぁ」

「…彩、最初っからそれが目的なんでしょ」

「えへへ〜」

「さっき外泊3ヶ月禁止って言われてなかった?」

「ふーんだ、そんなの守るわけないじゃん」

「彩ったら…」




ご機嫌な彩と交代でお風呂に入った。

そしてまるでパジャマパーティーみたいに眠りにつくまでお喋りした。

小学校の時にお互いの家にお泊りしていた時以来かもしれない。



「今日京田さんは?」

「太田九段の研究会に行くって言ってた。窪田さん達と名人戦の検討するんだって」

「そうなんだ…」

「今夜は精菜と女子会するって言ってあるから電話もかかってこないと思うよ」

「ふふ、彩だけ電話してたら嫉妬しちゃう」

「お兄ちゃん今携帯没収されてるもんね〜。私だったら携帯に二日も触れなかったら発狂しちゃいそう」

「彩ってば携帯依存症」

「え〜普通だよ〜」



彩とこんな風にゆっくり話すのはいつぶりだろう。

彼女に恋人が出来てから、私達が二人で過ごす時間は極端に減った

私のスケジュールと合わなくなったせいもあるのかもしれない。


3日後にはまた碁聖戦の予選があるなぁ…)

1週間後には女流棋聖戦の本戦…)

(その次は十段戦の最終予選…)


女流本因坊戦の五番勝負もまもなく始まる。

女流名人リーグだってまもなくスタートする。

勝てば勝つほど対局が増えてくる。

終わりが見えなくて、佐為に会えない時間が増えて、何の為に棋士になったのか分からなくなる。

佐為を見張るためだったのに、そんな時間の余裕はもうどこにもない



「精菜…なんか疲れてる?大丈夫?」

「大丈夫だよ。聞き手やって彩の方が疲れてるのに、心配してくれてありがとう…」

「ううん。恋人のタイトル戦ってやっぱ色々思うところあるよね…。私だったら絶対そんな平常心で見れないよ」

「でも佐為、十段戦の時よりかはまだ余裕があるよね。あの時はヒドかったもん…」

「そうなの?」

「私にも全然触って来なかったし。性欲どころじゃなかったみたい

「あのお兄ちゃんが?!ヤバっ」



あの時は会っても触れて来なかった彼。

今は会えないだけで、会えば絶対触れてくるから前よりは元気そうだ。

でも、今回の対局は――



「お兄ちゃんとお母さん、どっちが勝つかなぁ?」

「どっちだろうね…」

「どっちも終盤強いからなぁ」

「そうだね…」



明日は9時から再開する。

佐為にとっては初めての二日碁だ。



ちゃんと眠れてる?

考え過ぎないようにね。

勝っても負けても、最後まで応援するからね――

 

 


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