MEIJIN 14〜ヒカル視点〜





「ヒカルさん、この時計どなたのでしょう?」

「――え?」



オレとアキラが揃って参加した京都でのイベント。

翌日夕方家に帰ってくると、お手伝いの楠さんが女ものの腕時計を差し出してきた。


「脱衣所に落ちてたのですが」

「そうなんだ…。とりあえず預かるよ」


そう受け取ったものの、頭の中が疑問だらけになる。

アキラのでもない。

彩のでもない。

じゃあ一体誰のだ?


「ああ…精菜ちゃんのだね」

アキラに見せると即答される。

「対局の時毎回付けてるから覚えてる。確か怜奈さんからのお土産だって緒方さんが言ってたような」

「精菜ちゃんのか。じゃあ彩にでも渡して返してもら……」



――ちょっと待て。



そもそもなんで精菜ちゃんの腕時計がうちの脱衣所に落ちてるんだ

脱衣所=風呂というキーワードから、オレの脳は即座に閃く。

もしかして、もしかしなくても、精菜ちゃんがうちの風呂に入ったってことだろうか。

何の為に?

昨日は佐為も彩も家にいたはずだ。


考えられるのは

@佐為が精菜ちゃんを泊めてイチャイチャした

A彩が精菜ちゃんを泊めてお泊り会をした

2つだけど……

小学校の時はちょくちょくあったお泊り会がここ数年開催されてないことを踏まえると……
@だろう。たぶん99%。


「佐為のやつ…帰ってきたら」

「キミにだけは言われたくないだろうから、口を挟まない方がいいよ」


アキラにビシッと言われる。

確かに佐為には今まで迷惑かけてる分、ぶっちゃけ注意しずらい。

ここは大人しく(緒方先生には申し訳ないけど)容認してやるか…と思う。


でも、彩が在宅なのに佐為が精菜ちゃんとそういうことをするとは考えずらい。

てことは彩はもしかして出かけてたんじゃないだろうか。


――どこに?


なんて愚問だ。

好きな男とやっと付き合えれてすっかりタガが外れてしまってるうちの非行娘を、どう懲らしめてやろうかオレは考え始めたのだった――

 

 

 

 



「こんにちは!解説を担当する進藤ヒカルです。今日はよろしくお願いします」

「同じく聞き手を担当する進藤彩です。今日一日よろしくお願いしまーす」


名人戦第1局の大盤解説会がスタートした。

挨拶を軽く済ませた後、早速今までの進行を1手目から振り返りながら現在の形勢を解説していく。

ポイントはやっぱりこの30手目。


「ここで名人が打った16の十一が珍しい手なんだよね。普通なら17の十二のヒラキだから」

「ふんふん、だから十段は少し長考に入っちゃたんですね〜」

「更に15の二で二重ツケたわけだけど、ここをこう進むと9手後のこの黒の位置が中途半端になっちゃって」

「価値が低い上辺に打たされたわけですね」


後ろの方の客にも見えるよう特注された特大サイズの大盤。

これまた大きい石を彩と二人で解説しながら動かしていいった。

上部にモニターは2つあって、1つは盤面を映し、もう1つは対局室の現在の二人の様子を映していた。


(アキラは今日も一段と美人で可愛いな〜)


なんて思ってると、会場からドッと笑いが起こる。

「お父さん、心の声漏れてるから!」

と彩に注意される。

え?マジで?恥ず。



大盤解説会なんていうと昔は囲碁好きのじーさんばかり集まって来てたものだけど、今は全く違っていた。

当初200名だった定員に1400以上もの応募があったらしく、結局会場を広げて500名まで入るようにしたらしい今回の大盤解説の客層は、7割以上が女性客だ。

しかもまだ世間は夏休みだからか若い女の子も多い。

まぁぶっちゃけ、佐為のファンだろう。

おそらく碁石に触れたこともないような子も大勢いると思う。

そんな子たちに最高峰のこの名人戦の対局内容を解説しても、果たして聞いてるのか聞いてないのか。

理解してるのかしてないのか。

てことで、途中大いに雑談を挟むことになった。


「先月まで本因坊戦でアキラと戦ってた間、実は家でも結構険悪な雰囲気だったんだけどさ」

「うん、お父さん達は毎回だよね。ホント迷惑、いい加減やめてよね」

彩のツッコミに途端に笑いが入る。

「アキラと佐為は全然そんなことなくて、気持ち悪いくらい普通だったんだよなぁ」

「ね、普通だったね」

「昨日なんて佐為のやつ普通に午前中、学校行ってたしな」

「ビックリだよね〜。タイトル戦前日入りの日に学校行くなんて」

「あ、夏休みなのになんで学校?って思った?佐為のやつ、補講受けてんだよ。出席日数ヤバくて」

「決してお兄ちゃんのテストの点が悪いとかじゃないですからね皆さん!お兄ちゃん普通に学年順位トップ20には入ってますから!


おお〜!と歓声が上がる。

さっきの碁を解説してた時とは違って、皆真剣にリアクション多めで聞いてくれていた。

もちろん言っていいことと悪いことは分かってるつもりだ。

女の子達が特に知りたがってるだろう佐為の女性関係の話はもちろんしないよう気を付ける。

ウッカリが命取りになるからだ。


「じゃ、ここで一旦休憩入りまーす。15時から再開で!」


休憩時間になり、控え室に戻ると一気に疲れが押し寄せてきた。

生のトークは間違っても下手なこと言えないから、正直碁を打つよ100倍神経を使うかもしれない。


「おじさん、お疲れ様です」

精菜ちゃんが「彩とのやり取り面白かったですよ」とコーヒーを差し入れてくれた。

「お。ありがとう」


いい子だ。

こんなにいい子があの緒方先生の娘だなんて信じられない。

しかも息子の彼女だなんて。


(佐為とは上手くいってんのかな…)


佐為と精菜ちゃんが付き合い始めたのはもう7年も前らしい。

普通は倦怠期もいいとこだと思うけど、二人の場合はちょっと事情が違っていて、なんと一線を越えたのはこの春。

正直言って今が一番盛り上がってる時だろう。


――でも

ここ最近の佐為の忙しさはオレより遥かに上だ。

おそらくこのまま行くと年間対局数が70を超えるアイツ。

タイトルを取ってから海外棋戦にまで参加し出したから、一緒に住んでるオレですら1週間とか普通に顔見ない時もあるくらいだ。

夏休みに入ってからも対局にイベント、もろもろの取材や撮影、更には空き時間には補講を受けに高校まで行ってると来たら。


(精菜ちゃんと会う時間あるのか…?)

と関係ないオレまでちょっと心配になる。


「精菜ちゃん…最近佐為とはどう?上手くいってる?」

「え…っ?」


周りに聞こえない程度の小声で当人に尋ねると、精菜ちゃんはどう返答したらいいのか困ったような顔をした。


「そうですね……たぶん」

たぶん?

「あ、電話はよくしてますよ?LINEもしょっちゅう。佐為筆まめだし…」

「へぇ…」

「でも、もうちょっと会えたらいいなぁって思う時もあります」

「……」

「…ごめんなさい。勝手に泊まってしまって」


精菜ちゃんが腕時計を忘れた時の夜を謝ってきた。

彩には外泊禁止を出すくせに同い年の精菜ちゃんに許可するなんて……父親的にはしてはいけないんだろうけど。


「まぁたまにはいいんじゃない?」

と言ってしまうオレがいた。

(ごめん緒方先生…)


「電話やLINEがメインなら、今夜は我慢だな」

「ふふ…明日の夜までですから」


2
日制のタイトル戦の場合、初日の朝に携帯は不正防止の為に没収される。

しかも佐為やアキラは電話どころかテレビもない隔離された状態の部屋に泊まることになる。

携帯が返させるのはもちろん終局後――明日の夜だ。


「明日佐為の部屋に押しかけてみたら?」

「やだ、おじさんったら。タイトル戦でそんなこと出来ませんよ〜」

「…え?」



アキラと一緒に仕事で遠出すると、タイトル戦だろうがイベントだろうが常にアイツの部屋に押しかけてるオレ。

常識のある息子の彼女の返答に、オレは笑って誤魔化すしかなかったのだった――

 

 

 

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