MEIJIN 13〜精菜視点〜





「精菜?おーい精菜?聞いてる〜?」



――ハッとした。

佐為が注文したものと同じケーキを食べながら、いつの間にか意識が飛んでいたらしい。


「私達、早めにランチ行くんだけど、精菜も一緒にどう?」


13
時から大盤解説を担当する彩とおじさん。

まだ11時前だけど、早めに昼食を取ることにしたらしい。

ケーキを食べてお腹いっぱいな私は

「じゃあ飲み物だけ…」

3階のロビーラウンジへ移動する二人に付いていくことにした。




「精菜ちゃん久しぶりだね」

コーヒーを注文した後、おじさんが改めて挨拶してくる。

「ご無沙汰してます」

「今日はどっちの応援?」

おじさんの質問に、ふふっと笑う。

「お父さん、当たり前のこと聞かないの。お兄ちゃんに決まってるでしょ?」

彩が即座にツッコむ。

「まぁそうだよな〜。オレはどっちを応援しようかなぁ〜」

妻か息子か、おじさんは本気で悩み出した。


「大盤解説はフェアな解説して下さいね、進藤先生」

「分かってます〜」

こんな二人のやり取りは見ていて飽きない。


「おじさんは形勢的にはどっち持ちですか?」

「まだ五分かな〜。でも佐為はやけに慎重に打ってるね。持ち時間アキラの倍ぐらい使ってるから午後からどうなるか…だな」

「そうですよね…」


AI
の評価値もまだ五分。

でも序盤なのに持ち時間を使かわされる状況になってしまってるということは、おばさまの作戦通りの展開になってるんだろう。

昼からの佐為の巻き返しに期待だ。



「そういえば精菜ちゃん、女流本因坊の挑戦権獲得おめでとう」

「ありがとうございます」


一昨日行われた女流本因坊戦・本戦トーナメント決勝。

私は見事勝利して挑戦権を得ていた。

1ヶ月後に第1局が岩手で開催される。

名人戦の第3局と第4局のちょうど間だ。


「去年はストレート負けしちゃったので、今年は一局でも多く打って佐為をアシストするつもりです」

「おう。アキラに楽させるなよ」


女流本因坊のタイトルホルダーももちろんおばさまだ。

私との対局で名人を少しでも疲れさすことが出来たら、佐為の奪取の可能性が数%でも上がるかもしれない。

死ぬ気で頑張ろうと思った。






「――それはそうと精菜ちゃん。一昨日は時計無くて困ったんじゃない?」



―――え?



おじさんがスーツのポケットから取り出した腕時計を私の前に置いた。

途端に私の顔からサーッと血の気が引く。


「今日彩から精菜ちゃんがここに来るって聞いてたから、持ってきたんだ」

「あ、ありがとうございます……」


私が対局の時にいつも付けてる腕時計。

ケイト・スペードのニューヨーク本店限定モデル。

数年前にお母さんの出張土産で貰ったものだった。

ここ数日見当たらなくて、ちょうど探していたところだった。

一体どこにあったのか。

最後に付けたのは確か本因坊戦の予選の対局の日。


そう――佐為の部屋にお泊りしたあの日だ……



「うちの脱衣室に落ちてたよ」

「そ、そうなんですね…」


佐為と一緒にお風呂に入った時、テンパってたから記憶にないけど当然腕時計も外したはずだ。

人様の家のお風呂に勝手に入る――それを家主にバレてしまった私は…もう穴があったら入りたいレベルじゃなかった。



「ああ!あの日ね!精菜うちに泊まったんだよね!パジャマパーティー楽しかったねー!」


彩が大袈裟にフォローしてくる。

父親にあくまでも女同士のお泊り会であると説明する彩は必死そのもの。

それもそのはず…彩だってあの日は京田さんちに泊まったのだ

外泊を父親にバレるわけにはいかないだろう。


「ふーん…パジャマパーティーねぇ…」


おじさんが目を細めてくる。

私も彩も汗がたらたらだ。


「ま、そういうことにしといてもいいけど。とりあえず彩は向こう3ヶ月、外泊禁止な」

「えぇ?!なんでよ!」

「当たり前だろ。それとも京田君に直接文句言ってやろうか?」

「ちょ…っ、やめてよ!京田さんをイジメないでよね!」


バチバチ言い争う彩とおじさん。

幸いだったのは……ここがホテルのロビーラウンジだったってことだ

これから大盤解説会に参加予定のお客さんもたくさんいたみたいで

「きゃー進藤先生〜!」

と女性客から黄色い声が飛ぶと、おじさんは笑顔で対応せざるを得ない。


「彩ちゃん可愛いー!」

という掛け声に彩もご満悦みたいで、途端に笑顔で振り返っている

(彩はこの愛くるしい容姿のおかけで、老若男女問わずイベントでは人気があるのだ)


「精菜ちゃん、女流本因坊戦頑張ってねー!」

と大盤解説に関係ない私にまで温かい言葉で応援してくれるお客さんもいた。




まもなく佐為の方もお昼休憩に入る頃だろう。

(佐為、午後も頑張って…!)

ロビーラウンジの窓からも見える、庭園に聳え立つ独立した料亭の中で行われている名人戦。

近いようで遠いこの場所から、私は密かに恋人にエールを送ったのだった――





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