●TIME LIMIT〜結婚編〜 5●
「美鈴ちゃーん!!」
「千明ちゃん!!」
春休み。
早速私は千明ちゃんに会いに再び東京に来ることになった。
今回は親にもちゃんと了解を取ったので、行きもお母さんが車で駅まで送ってくれた。
そして千明ちゃんと東京駅で待ち合わせ。
無事に会えた私達は千明ちゃんのお父さんの運転のもと、早速家に向かうことになった。
「あ、見えたよ!」
「あのマンション?」
「うん!」
着いたのは静かな住宅街にある大きなマンション。
地下が駐車場みたい。
「このマンションね、カギがいらないんだよ♪」
「本当?!」
千明ちゃんが正面玄関脇の機械に指をピッとあてた。
たちまちドアが開く。
「すごーい」
「指紋がカギの代わりなんだって」
「へー」
中はこの前泊まったホテル並みに広々としてて、ピカピカキラキラ輝いてる。
エレベーターもたくさん。
しかも全面の鏡に手すり付き。
「40階なの」
「40?!」
ボタンが40までしかないから最上階みたい。
チンッ
エレベーターが開いて一番最初に目に入ってきたのは、東京を上から見渡せる風景。
「すごく快晴の日はね、富士山も見えるんだよ」
「富士山?ここ東京なのに?」
「うん!」
この40階には2つしか家がないみたいで、エレベーターから向かって右側が千明ちゃんの家。
「左は誰のおうち?」
「外国人が住んでるの。すっごく背が高いんだよ」
「わー。見てみたーい」
と言った直後に玄関のドアが開いた。
スーツを着た優しくて真面目そうな外国人が出てくる。
千明ちゃんの言うとおりかなり…大きい。
190cmはありそう。
奥には奥さんと私より小さな女の子。
お父さんと離れるのがツライのか何度もダディダディと繰り返して手を振っている。
私たちの存在に気付いたそのお父さんは、意外にも
「こんにちは」
と日本語であいさつしてくれた。
何だか嬉しい…。
「ただいま〜」
千明ちゃん家に入ると、おばさんが出迎えてくれた。
「美鈴ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは!3日間お世話になります」
千明ちゃんからおばさんに赤ちゃんが出来たことを聞いていたから、思わずお腹を見てしまったけど……あんまり大きくない。
「今何ヶ月目なんですか?」
「3ヶ月かな。もうすぐ4ヶ月目に入るんだけどね」
「早く出てこないかな〜」
千明ちゃんが嬉しそうにお腹をなでたので、私もちょっとだけ触ってみた。
…やっぱりよく分かんない。
「美鈴ちゃんね?遠路お疲れ様。オレンジジュースでいいかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」
リビング入ると見たことのないお姉さん(おばさんって言ったら怒られそう…)が聞いてきた。
「今の人誰?」
「お手伝いさん。市河さんって言ってね、普段は碁会所で受付してるんだけど、お母さん達が仕事で遅くなる時とかご飯作りにきてくれてるの」
「へー」
「今日もこれからお母さん達棋院に出かけちゃうから」
「お仕事?」
「うん。囲碁新聞の取材と後援会の会長さん達と会食だって」
するとスーツに着替えたおじさんとおばさんがリビングに入って来た。
「じゃあ千明、お留守番よろしくな。10時ぐらいには帰れると思うから」
「うん」
「市河さんよろしくお願いします」
「はーい、行ってらっしゃい」
おばさんの肩をさりげなく抱いて出て行くおじさんはすごくカッコいい。
向こうにいた時には全然感じなかった大人っぽさを感じる。
「おじさんのスーツ姿初めて見た〜」
「私もこっちに来てから初めてみた。何かね、お仕事の時は常にスーツじゃなきゃダメなんだって」
「へー」
「下の方の予選は私服でも大丈夫なんだけど、進藤君やアキラ君は大部屋対局がもうほとんどないから」
ケーキとジュースを持って来てくれた市河さんが説明してくれる。
「お父さん、また予選からやり直しだって言ってたよ?」
「そうね。でもそれでも低段者同士の一次や二次も免除されるだろうし、三次予選あたりからのスタートだと5階がほとんどじゃないかな?いくら9年近く休んでても元四冠の扱いは格別よね」
「ずるーい」
「すごーい」
私と千明ちゃんが同時に声をあげたので、市河さんが笑った。
「おじさんもそのうちテレビに出るかな?おじさんが打ってるところ見てみたいな」
「私も〜」
「テレビ放送が入るタイトル戦や大会もあるから、進藤君の頑張り次第だけど、今年中に見れる可能性も十分あると思うわよ」
「本当?!楽しみだね千明ちゃん!」
「うん!」
向こうにいた時は千明ちゃんだけが生きがいに見えたおじさん。
たぶん…それは今も変わらない気がする。
でも今はおばさんやお腹の赤ちゃんもそれに加わったんだよね。
前より断然明るくなって頼もしく見えるおじさんはすごくカッコいい。
私もこういう人と結婚したいな〜…なんてね。
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