●TIME LIMIT〜結婚編〜 1●
『今日は帰りませんので』
と携帯から電話してきたアキラさん。
今はホテルなんですって。
明日も帰れるか分からないんですって。
まぁ…まぁまぁまぁ。
それってついにアキラさんにも恋人が出来たってことなのかしら?!
ようやく進藤さんのことを吹っ切れたのね?
ああ…よかった。
もうすぐあなたも30ですもの。
これ以上経つと本当にお嫁の貰い手がなくなるところだったわ。
ただでさえあなたは恋人いない歴イコール=年齢のくせに、処女でもなければ出産経験もある特殊な女なんですからね。
でも良かったわ〜。
で?
で?
相手は誰なの?
棋士…ではないわよね?
あなたより年上の方はもちろん、同年代の方ももうほとんど既婚ですもの。
でも…じゃあ誰?
どこで出会ったの?
何してる方なの?
もうどこまでいってるの?
付き合い始めたばかり?
それとももうプロポーズもされるぐらい進んでるの?
ああ…気になるわ。
早く知りたい――
そう思ったのも束の間――翌々日にはアキラさんが帰ってきた。
その恋人を連れて。
進藤さんを連れて。
――そう
進藤さんだったのよ!!
アキラさん!ついに見つけ出したのね!!
…あら?
あらら?
進藤さんの後ろに恥ずかしそうに隠れてる女の子…アキラさんにそっくり。
まあ!
もしかしてこの子が例のあなた達の子供なのね?!
私達の孫なのね?!
やっと会えたわ!
「お名前は〜?」
「千明…」
まあ可愛い!
アキラさんの小さい頃にそっくり!
「アキラさん、行洋さんは居間ですよ」
「はい。行こう、進藤」
「ああ…」
ふふ。
進藤さん、少し緊張気味みたいね。
もしかしたらアレが聞けるのかしら??
お嬢さんを下さいとか何とかいうやつ。
これは見逃せないわね!
私も同席させてもらうわ!
「失礼します」
と言って居間に入って行った二人。
進藤さんの後ろにくっついてる千明ちゃんを見た途端、行洋さんは飲んでたお茶を吹き出してしまった。
まあ行洋さん!
無理もないけど、これから大事な場面なのよ!
しっかりしてちょうだい!
「お久しぶりです…先生」
「あ…ああ、久しぶりだね、進藤君。病気だと聞いていたが…」
「はい、お陰様ですっかり完治しました。来期からは手合いにも復帰するつもりです」
「そうか…頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます」
「……で?」
気まずそうにゴホンと咳払いして千明ちゃんに視線を向ける行洋さん。
途端に進藤さんとアキラさんの顔が強張る。
「そちらのお嬢さんは…―」
「すみません!僕とアキラさんの…娘です!」
「見れば分かる」
「す…すみませんっ」
進藤さんが手を付いて謝った。
「…アキラ、いつ産んだのかね?」
「8年半ほど前に…留学していた時にです…」
「ああ…私達が外国に頻繁に行っていた時か」
「そうですわね」
「……で?」
再び行洋さんが問いだした。
「今まで黙っててすみませんでした!でもオレ…いや、僕…どうしてもアキラさんとの子供が欲しくて…」
「そんなことを聞いてるんじゃないよ、進藤君」
「…え?」
進藤さんがゆっくりと顔を上げた。
「そちらのお嬢さんは…碁は打つのかね?」
思わずガクッと倒れそうになってしまった。
な、何を聞いてるの!行洋さん!
あなたにとっては他のことはどうでもいいの?!
ああん、もう!
これだから碁バカは困るわ!
私はもっと知りたいのに!
もっと根掘り葉掘り尋問して欲しかったのに!
「あ…いえ、千明には碁は教えてないので…」
「そうか…。ではすぐにでも教えてあげなさい」
「はぁ…」
反対!
反たーい!
進藤さん、教えなくて結構よ!
こんな可愛い子まで暗い碁の世界に引き込んでどうするの!
「いや、私が教えよう」
だから教えないでちょうだい!
でも…千明ちゃんは途端に嬉しそうな顔して行洋さんに近付いて行った。
「おじいちゃんが教えてくれるの…?」
「ああ。碁は楽しいぞ」
「本当?!早くやってみたい!」
「では今から教えてあげよう」
行洋さんが嬉しそうに後ろの棚から碁盤を出して来た。
「あ…あの、先生…」
「ん?何かね?」
「僕、アキラさんと結婚したいんですが…」
「まだしてなかったのかね?」
またしてもガクッと倒れそうになってしまった。
もう!行洋さん!
まだ60にもなってないのに、早からボケ出してきたの?!
……いえ。
この人の顔を見る限り…そう言ったのは行洋さんの優しさかもしれないわね。
それか照れ隠し。
ふふ。
進藤さん。
アキラさん。
私達は元々反対なんかする気はないのよ。
これでも9年前のあのデートを見た瞬間から…、私も行洋さんもあなた達がこうやって訪れてくれる日を楽しみにしてたんだから。
ね?
行洋さん。
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