●MAIN BATTLE 6●





市ヶ谷駅から秋葉原で乗り換えてJR京浜東北線で30分。

僕、彩、精菜に加えて、京田さん、柳さんとの5人で自宅に到着した。



「ここが…進藤本因坊と塔矢名人の家…。やばい、緊張してきた…」

柳さんがゴクリと唾を飲み込んだ。

「意外とフツーだな」

西条にも言われたことを京田さんにも言われる。


確かに普通だ。

僕の家は2階建てのごく一般的な造り。

一階にだだっ広いLDKと碁を打つ用の和室が二間。(押入れに布団も入ってるので、社先生が泊まる時に寝るのもここだ)

あとバスルーム。

二階に父、母、僕、彩の部屋がそれぞれある。

弟妹が大きくなったら部屋がないって?

その頃には僕はこの家を出ている計算だ。



「ただいま」


中に入ると真っ暗で、やっぱり両親は出掛けていた。

今朝、両親は僕に今日は一日中祖父の家で弟妹の世話をするからと言っていたのだ。

弟妹は母の復帰以来、ずっと祖父の家で暮らしている。

今主に育児をしているのは祖母と、雇ったという住み込みのベビーシッター。

忙しい両親は合間合間に会いに行ってる感じだ。


「お邪魔します」

ともう来馴れてる精菜に続き、京田さんも柳さんも入ってくる。


「碁盤出すねー。2面でいいか」

彩が和室で準備をし出したので、僕と精菜はキッチンでカフェ代わりのコーヒーを入れる。


準備が出来た所で検討タイムのスタートだ。

まずは僕と柳さんが一手目から打って再現していく。


「え?これはこっちからだろ」

「分断出来たのはいいけど、右辺で損してるよ」

「この手は緩いだろう。俺ならこう…」


あーでもない、こーでもないと検討すること1時間。

あらかた終わりが見えてきたところで、玄関のカギが回る音がした。



「保育園は4月からかな〜」

「入れるだろうか」

「申込みしてみないと何ともなぁ」

「もう少しシッターにお世話になってもいいけどね。いい人だし」

「そうだな…って、あれ?何か靴めっちゃあるな」


ガチャっと父がリビングのドアを開けた。

途端に京田さんと柳さんが固まる。


「ただいま。佐為、お客さん?」

「お帰り。うん、紹介するよ。一緒にプロ試験受けてる院生の京田さんと柳さん」

「「初めましてっ」」


二人が慌てて頭を下げた。


「初めまして。お、検討中?」と父が碁盤を覗いた。

「白が佐為か?」

「うん。黒が柳さん」

「へー」


いい勝負じゃん、と父は興味津々だ。


「アキラも見てみろよ」


父に呼ばれて母もこっちに来る。

親しみやすい父と違い、京田さんも柳さんも母のオーラに明らかにビビっている。

母も盤面は見たが、特に意見することもなく「ヒカル、皆途中だろうし、邪魔しちゃ悪いよ」とだけ言ってキッチンに行ってしまった。


「えー。オレ、邪魔?」

ブンブンと二人が頭を振って否定する。


「よかった。あ、でももう検討終わっちゃってるのかな?今更オレが口出しすることじゃないか」

「いえ、あの…、一言アドバイスいただけると嬉しいです…」

柳さんが遠慮気味に言う。


「君が黒だったんだよな。佐為と打ってみてどう思った?」

「中盤まではいい勝負だと思ったんですけど…、一瞬の隙を突かれてペースを奪われて。巻き返すチャンスもないまま終局を迎えてしまった…って感じです」

「うん、じゃあその一瞬の隙を作らない為にどう打てばよかったのか一緒に考えてみようか」

「はい!」


父が実際に打って柳さんにアドバイスをし始めた。

横で京田さんが真剣に聴きいっている。

僕と彩にいつもしてくれるように、二人にも正しい道筋を導いてあげていた。


父は教えるのが上手いと思う。

京田さんの肩を持つ訳じゃないけど、門戸を開けばいいのにと、正直なところ思う。

開くどころか、どこの門下にも所属しない父。

父に師匠はいないのだろうか。

師匠無しで、囲碁を初めて2年でプロになるなんて、天才を通り越して化け物だと思う。





――本因坊秀策――





京田さんが言っていたとおり、父の師匠は本因坊秀策なんじゃないだろうか。

父は秀策の弟子なんじゃないだろうか。

決してあり得ないことなのに、そう思ってしまうくらい父の碁には惹き付けるものがある。


あの母を落としてしまうくらいに――











「じゃ、三人とも気を付けて」


一時間後、18時を回ったところで、京田さんと柳さんと精菜が「お邪魔しました」と帰って行った。

僕も彩も父も玄関まで見送る。


「京田君」

父が彼に声をかける。

「はい…」

「プロ試験が受かったら、また来なよ。一局打とう」

「え…、いいんですか?」

「佐為から聞いたよ。ごめんな、今はまだ上を目指したいから弟子は取らないんだ」

「いえっ、そんな…」

「気持ちは嬉しかった。それに――勘がいいね」

「え?」

「いや…何でもないよ。試験頑張って」

「はい、今日はありがとうございました!」


三人が帰りリビングに戻ると、夕御飯のいい香りがしてきた。


「アキラ晩飯なに〜?」

と父がすぐさま母に引っ付きに行く。

「邪魔だ。油使ってて危ないから向こう行ってて」

「はーい」


追いやられて仕方なくリビングのテーブルの上にあった週刊碁を広げている。


「お。プロ試験予測載ってるぜ、佐為」

「ふーん…」

「お前1位通過大本命だって」

「もちろんそのつもりだよ」

「頑張れ〜」


頑張るのは当たり前。

勝ってなんぼの世界。


絶対に全勝してやる――










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