●MAIN BATTLE 5●
プロ試験4日目。
午後から対局が再開した。
13の十、12の八、13の七。
そして16の十を打たれた所でしばし長考して盤面を見直す。
右上が薄い。
ひとまずこっちをツケておいて、荒らしにいくか。
それとも先に手を撃つか。
16の十一に打つと、今度は柳さんが長考。
そして6の九を指した。
すぐさま6の八で対抗。
4の十三、8の七と続いてお互い陣地を取り合う。
また右に戻り12の七、13の六、15の六、13の四と続く。
――強い。
この夏休み、台湾でプロ試験の為に勉強してきただけのことはある。
3ヶ月前、彩はこの柳さんに勝ったというが、昔の話だ。
今彩が戦ったら勝てるだろうか。
恐らく――負ける。
そのくらい強い。
終盤に入ってもその正確さが際立つ。
16の七、17の七、11の七。
10の九で最後まで足掻いてくる。
僕が11の八を打ったところで、柳さんの対局時計が鳴る。
持ち時間を使い果たした。
でももう打てるところはない。
僕の――1目半勝ちだ。
柳さんが黒の碁石をいくつかパラパラ置く。
「……負けました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
目をぎゅっと閉じて、そしてもう一度盤面を見ている。
「ここで進藤君が上手く打ったね。対処出来なかった」
「そうですね。こっちを攻められた時は僕も焦りましたけど…」
「結局僕のヨミ負けかなぁ」
柳さんが石を片付け始めたので、僕もそれに続く。
周りを見ると、残ってるのはあと2組だけだった。
精菜も彩もいない。
「進藤君はJR?」
「あ、はい。柳さんは?」
「僕もだよ。横浜に住んでるんだ。片道1時間くらいかな。毎日だとちょっとキツイ」
「往復2時間ですもんね。僕は片道30分くらいかな…」
「意外と遠いんだね。ご両親の職場もここなのに」
「実家や学校までの距離とか治安とか、色々考えたらこうなっちゃったみたいですよ」
「はは、なるほど」
柳さんと話しながら一緒に控え室に戻ると、彩と精菜がマグ碁で対局中だった。
京田さんがそれを横で観戦している。
「柳、勝った?」
僕らに気付いた彼が柳さんに尋ねる。
「まさか。1目半負け」
「ふぅん…並べてくれる?」
「いいよ。どこか寄る?スタバ?ドトール?」
「席が空いてる方」
京田さんは僕と柳さんとの一局が見たくて残っていたらしい。
僕も二人の検討にちょっとだけ加わりたかったけど、それを口に出す勇気はまだない。
そこまで親しくない。
「え〜〜京田さんと柳さん、二人で検討するの?ずるい!」
彩がぷうっと口を膨らませた。
「じゃあ進藤も来れば?」
「行く行くー!精菜も行こ?」
「え、私は佐為と検討したいから…」
「じゃ、お兄ちゃんも行こ?」
我妹ながらナイスだと思った。
「いいよ」と即答した。
市ヶ谷駅前にはチェーンのセルフカフェが一通りは揃っている。
スタバ、クリエ、エクセルシオール、ドトール、タリーズ、プロント。
だけど周りに大学や専門学校も多いから、それに付随する学生用アパートも多い。
てことで、この日曜の真っ昼間に5人同時に座れる席を確保するのは容易ではない。
「ここもいっぱいかぁ…」
「どうする?一度棋院戻って一般対局室でも行く?」
「そこも混んでるんじゃない?日曜だし」
うーん、と全員で悩む。
「あ、じゃあいっそウチで検討しない?」
彩が意気揚々と提案する。
「碁盤もたくさんあるし。カフェのコーヒー代だってかかんないし、何時間居座っても怒られないし〜」
柳さんが僕に振り返る。
「て妹さんは言ってるけど、本当にいいのかな?」
「さっきも言ったとおり、30分かかりますけど…それでよければ」
京田さんもチラリとこっちを見てくる。
「プロ試験3回目の俺らが行ってもいいんですか?」
と嫌味たっぷりに言われる。
「…どうぞご自由に。両親は出かけてると思いますけど」
「ふーん」
こうして5人で帰ることになった――
NEXT