●MAIN BATTLE 4●
プロ試験4日目。
今日は特に大事な一戦がある。
院生3位、柳高弘さんとの対局だ――
「いよいよお兄ちゃんと柳さんか〜。どっちが勝つのかなぁ」
「彩は最近いつ打った?」
「んー…7月かなぁ」
今は10月、3ヶ月も前だ。
しかも精菜の話ではこの夏休み、父親の故郷である台湾で勉強してきたとか。
中国、韓国に並んで向こうもかなりレベルが高い。
今年の国際アマチュア囲碁カップも台湾代表が優勝した。
「おはよ〜佐為、彩」
精菜といつもの駅前で合流して、一緒に棋院に向かう。
「佐為、今日大一番だね」
「そうだな」
ちなみに精菜は院生9位と、彩は院生7位との対局だ。
棋院に着いて、いつものように控え室に荷物を置きにいく。
京田さんと話していた柳さんが、僕に気付いてこっちに来た。
「進藤君、今日はよろしく」
「よろしくお願いします」
彩が院生研修初日に負けた柳さん。
高校1年生の15歳。
プロ試験は京田さんと同じ今年で3回目。
去年は1勝足りなくて合格を逃したという実力者。
ハーフと聞いていたけど、見た目は日本人、ずっと日本に住んでるからもちろん日本語も流暢。
「…お父さんが台湾出身って聞きましたけど?」
「うん。台北。行ったことある?」
「いえ」
「台湾の棋士は知ってる?」
「王九段や楊七段は国際棋戦によく出てくるので日本でも有名ですよね」
「うん。来月のLGで進藤本因坊、王九段とあたるね」
「はい。父も楽しみにしてるみたいです」
開始時間が近付いて、僕は柳さんと席に移動した。
ここまでのプロ試験、予選を含め僕は精菜との一局以外、正直全て力半分で勝ってきた。
でも今日のこの対局は本気でかからないと勝てる相手ではないだろう。
他の人と明らかにオーラが違う。
楽しみすぎて口許が緩む。
「「お願いします」」
17の四、4の四、4の十六、16の十六……
日本でも定番の定石が並んでいく。
台湾棋院にももちろん院生というものが存在し、この夏は向こうの院生と対局したり碁会所巡りをしていたという柳さん。
向こうの院生はA〜Dまで4クラス。
Aクラス上位12名はプロの大会にも出場することも出来る。
中学で囲碁科を設けている学校もあるらしく、日本より進んでいるなという印象を受ける。
台湾でプロになるには院生上位12名で行われるリーグ戦に勝たなくてはならない。
男子の上位2名と、総合7位以内に入った女子が合格。
プロ棋士になるには毎年の院生で最も強い人達だ。
聞けば柳さんは台湾国籍も持っているという。
台湾の院生になるか、それとも日本の院生になるか、小学校の時にずいぶん悩んだらしい。
でも日本で戦いたいから日本を選んだ。
日本棋院には外国籍採用もある。
でもここでいう外国籍とは、囲碁先進国である中国、韓国、台湾、北朝鮮を除いた国のことだ。
そして一度でもそれらの国でプロになると、日本棋院のプロ試験は受けれない。
色々な条件を下に柳さんは今ここにいる――
パチッ
初盤は下辺の攻防、中盤に入り、柳さんが12の十を打った瞬間から中央の戦いが始まった。
13の九で繋ぐ。
12の九、13の八と続く。
117手目、15の八を指したところで白川先生が休憩の為「打ち掛けにしてください」と案内した。
「佐為、どんな感じ?」
控え室で精菜が聞いてくる。
「まだ互角かな」
「そう…」
「意外と模様派。手厚く打ち回してくる」
「柳さんっぽいね」
「そんなんだ」
持ち時間はまだ半分以上ある。
これからだな。
「精菜は?勝てそう?」
「ふふ。投了は時間の問題」
私は持ち時間ほとんど使ってないよ、と付け足す。
相変わらず強い。
「帰ったら並べてくれよな」
「うん」
ちなみに彩は京田さんと駄弁っている。
仲いいんだな…と、改めて思う。
最初は父に近付くために彩に近付いてるのかと思ってたけど、純粋に話が合うらしい。
京田さんには妹が2人いるらしいから、彩みたいないかにも妹気質の甘えん坊には慣れてるんだろうな。
京田さんの妹も打つのかな…。
「ちょっとお兄ちゃん」
「え?なに?」
彩がこっちに戻ってきた。
「京田さん睨むの止めてくれない?」
「…別に睨んでないけど」
「だってこっち見てた」
「見てただけだよ。仲いいんだなぁって」
「はぁ?!か、勘違いしないでよっ」
顔を真っ赤にして精菜の横に座っている。
…何を勘違いするんだ?
ああ…彩ってもしかして、京田さんのこと好きなのか?
「精菜は知ってた?」と妹の親友に再確認する。
「うん」と即答。
やっぱりそうなのか。
「もう二人とも止めてよね!」
と彩は真っ赤な顔を両手で覆って隠していた。
13時、5分前。
さ、対局の再開だ――
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