●MAIN BATTLE 3●





「彩、大丈夫か?」

「平気…」


プロ試験本戦、2日目。

昨日泣いたらしい彩の目許は少し腫れていた。


「今日の相手は院生8位の子だから、いつも通り打てば大丈夫…」

「頑張れよ」

「うん」



棋院に着く頃にはいつもの彩に戻っていて、勝負師らしい目になっていた。

うん、今日は本当に大丈夫そうだ。

ちなみに僕の相手は同じ外来予選から上がってきて、既に二回戦ってる人だ。






「あ、お兄ちゃん…京田さんが来た」


精菜と3人でエレベーター待ちをしている時に京田さんもやってきた。

チラリとこっちを見て、すぐに視線を逸らし、彩に「おはよ」と声をかけていた。


「京田さんの今日の相手は誰ですか?」

彩が聞く。

「小松さん。ちょっと苦手なんだよな…打つの遅いから」

「分かる〜。私も早碁の方が好きだからイライラしちゃう」

「はは」


京田さんがこっちにチラリとまた視線を向けてくる。


「進藤君は?早碁は得意?」

「僕が苦手だとでも?」

「まさか。今度一分碁でも打とうか」

「三十秒でもいいですよ」

「いいねぇ」


彩と精菜が顔を見合わせた。


「なんか…お兄ちゃんと京田さん、仲悪い?」

「私もそう思う…」


ヒソヒソ話している。












2日目は3人とも中押し勝ちで難なく白星をあげた。

次の週末にまた3、4戦目が行われる。

僕は平日昼間は学校に行き、放課後は西条と打ったり、おじいちゃんちで打ったり。


一方、両親の名人戦第三局も行われ、今度は父が勝利した。

これで2勝1敗。

母の防衛か、父の奪取か、また分からなくなった。



「アキラ〜、オレが勝ったんだから、約束のチューは?」

「便乗するな」

「いいじゃんキスくらい〜」


夜、お水を飲みに一階に降りて行くと、いつの間にか岐阜から帰って来ていた両親がリビングでイチャコラしていた。

一瞬躊躇ったが、今更なのでそのまま無視して冷蔵庫を開けにいく。


「――…ん…っ…」


ソファーで唇を合わせ始めた両親。

集中して僕に全く気付いていない。

相変わらずすごい集中力だな、とちょっと感心する。


「ちょっ、どこ触ってるんだ…」

「いいじゃん…」


まさかここ(リビング)で始めるつもりじゃないだろうな?

ゴホンと僕は咳払いした。

慌てて母が父を押した。


「佐、佐為、いたの?」

母が少し乱れたパジャマを正している。


「あのさ、自分の部屋でしてよ」

「いや、もう寝るよ。お休み佐為。ヒカルも」


真っ赤な顔になった母が急いで階段を上がって行った。

父に「邪魔すんじゃねぇよ…」と睨まれる。


「普通ここでする?彩だっていつ降りてくるか分からないのに」

「はいはい。ごめんごめん」

「…名人戦、勝ててよかったね」

「まだ一勝だけどな。次も勝って早いとこイーブンにしないとな」

「そうだね…」

「佐為も明日からまたプロ試験だろ?早く寝ろよ」

「お父さんは?」

「オレはもちろん今からアキラに夜這いだぜ♪おやすみ〜」


父がご機嫌に階段を上がって行った。

向かった先はもちろん母の部屋。

はぁ…耳栓して寝ようかな。

(岐阜から戻ってきたばかりだってのに、元気な両親だよなぁ…)











翌日、プロ試験3日目が始まった。

僕の相手は院生7位の石川さん、高校3年生だ。

高校3年ということは院生は今年で最後。

「プロ試験は今年で最後にしようと思うんだ」と開始前に告白される。


「確かに22歳まで受けれるけどね。僕は大学に行くつもりないから、仕事との両立は難しい気がしてね」

「…まだ3局目ですけど?」


諦めが早すぎるだろうと内心突っ込む。


「君達を見てると受かる気はしないよ」

「……」

「君か緒方さんか進藤さんか。京田さんか柳さんか。この5人のうちの誰かさ」

「……」

「君が今年受けてくれてよかったよ。一度手合わせしたいと思ってたんだ、碁界のプリンスとね」



「「お願いします」」




最後の足掻きなのか。

いざ打ってみると、そんなに悪くはなかった。

読みも早いし、力強い一手も打ってくる。

勿体ないなとも思う。

今年受からなくても、来年、再来年には受かるかもしれないのに。


でも、プロになれない人はどこかで諦めなければならない。

22歳まで挑戦して諦めれたら確かにそれが一番だけど。

毎日の鍛練が欠かせないから他のことをどうしても犠牲にしなければならない。

学業だったり仕事だったり家族や恋人との時間だったり。

モチベーションも大事だろう。

次受かるかどうかも分からないのにまた一年頑張れるだろうか。

プロ試験を受けた数だけきっと自信はなくなっていく。

そういう世界だ。

実力が全て。

決して甘くない、楽ではない茨の道だ。





「――ありません…っ」


午後2時過ぎ、石川さんが頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「ありがとうございました」


石を片付けている間、石川さんは下を向いたままで表情が見えなかった。

片付け終わって僕が立ち上がると、

「頑張って。応援させてもらうよ」

と何かを振り切った笑顔を見せてくれた。


「…ありがとうございます」






控え室に戻ると、精菜も彩も既に終わっていた。

二人とも笑顔だ、勝ったんだろう。


「佐為?どうかした?」

精菜が首を傾げてくる。

「ううん。帰ろうか」

「佐為のおうち寄ってもいい?今日の私の傑作並べてあげる♪」

「マジ?そんなに上出来?」

「楽しみにしてて」




プロ試験3日目。

僕、精菜、京田さん、柳さんが全勝。

彩が一敗。


明日はどんな対局が待っているんだろう――










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