●MAIN BATTLE 28●





プロ試験14日目。



今日の目玉は三敗同士の彩と柳さんの対局である。

だけどどっちが勝っても、どのみち合格には届かない。



「進藤さんが院生になってもう一年になるんだね。初めて打った時のことはよく覚えてるよ」

「あの時私すっごく悔しかった!私も今でも覚えてます!」

「でも次の対局は進藤さんが勝ったね」

「うん!」

「囲碁界のプリンセス…、そう言われてる意味が分かった。単に女王である塔矢名人の娘というだけじゃない。次の世代の女王に相応しい打ち方をしていたよ」

「え?そうですか?何か恥ずかし〜!」



対局開始前、碁盤の前で二人は雑談していた。

隣で会話を聞いていると、二人は純粋に今日の対局を楽しむことにしたようだった。



「僕はもう一年院生で頑張るけど、進藤さんはどうするの?」

「え?私もそのつもりだけど…」

「女流棋士の採用試験は受けないの?」

「――――え?」


彩が何それ?という表情をした。


――そう

プロ試験に落ちた場合、道は3つある。


来年受け直すか、プロになるのを諦めるか。

それともう一つ、女性だけの特権。

女流棋士採用試験に進むかだ――



「え?それっていつあるの?」

「このプロ試験が終わったらすぐ予選が始まるよ。進藤さんは予選免除でいきなり本戦に出れるね」


本戦は年が明けたらすぐ始まるよ、と柳さんが親切に教えてくれる。


「それに合格したら…プロになれるの?」

「うん、もちろんそうだよ。今受けてるこのプロ試験で合格する正棋士との違いは、給与面ぐらいじゃないかな。あと席次」

「私全然知らなかった…。そんな制度があるなんて…」

「そうなんだ。ある意味すごいね、もともと女流枠狙いの院生の子も多いのに」

「お兄ちゃんは知ってた?」


彩が振り向いて僕に突然話を振る。


「…知ってたよ」

「何で教えてくれなかったの?!」

「普通皆知ってるよ…」

「え?そうなの?」


僕の今日の対戦相手、林さんもコクリと頷いた。


「そうなんだ…。じゃあ私、お兄ちゃん達と一緒にプロになれるチャンスまだあるんだ…!」

「頑張って」

と柳さんが応援する。


でもきっと今ここにいる全員が応援することだろう。

なぜなら、院生1位の彩が来年再びこのプロ試験を受けるとなると、確実に1枠を取られるからだ。

女流枠でも何でもさっさと抜けて欲しいと、おそらく全員が思ってるはずである。


最初に説明したが、今年はやっぱり『厄年』なのである。



「じゃ、柳さん。景気付けに今日勝たせてもらうから!」

「僕も本気でいかせてもらうよ。来年の為に――」



「「お願いします」」















「勝った勝った〜♪」


15時過ぎ、僕と精菜は浮き足立つ彩と一緒に棋院を後にした。


「私も知らなかったぁ…そんなのあるんだね」

「だよね。知らないよね、女流枠なんてのがあるなんて」

「うん」


こんな常識を知らないなんて、ある意味最強な二人である。

さすが囲碁界のプリンセスと言われるだけのことはある。

上しか見てないのだ。



「でもついに残すはあと一局だね。早かったなぁ…」

精菜がしみじみと、感慨深く言う。


「佐為はラストが一番の大一番だもんね。頑張って」

「うん。やっと京田さんと打てる。楽しみだ…」

「終わったら京田さん連れて家に帰るんでしょ?」

「うん、入門テストがあるからね」

「京田さん、佐為との一局で疲れて、おじさんとの一局滅茶苦茶だったらどうする?」

「それは困るな…」


かなり困る。

出来たら僕との対局以上に真剣に打ってもらいたい。

母の協力のお陰で余計なハードルは下がったけど、それでも入門出来るかどうかは京田さん次第なのだ。

でも熱意が伝われば父は絶対認めてくれる。

父はそういう人だ。



「そういえば今日因島から帰って来るね、3人とも」

「お父さんにブツブツ言われそうで嫌だな…」

「せっかくのおばさんと夫婦水入らずの旅行のはずだったのにね…」

ごめんね…と精菜が謝ってくる。


「これに懲りたら、二度とタイトル戦ついでに旅行を計画することは無くなるんじゃないかな」


でも両親の対局スケジュールは半端ない。

父なんて、来週名人戦の後すぐLGの為に韓国に出発することになっている。

一度自宅に戻る余裕もないらしく、兵庫で名人戦を終えた後すぐ関空から飛ぶらしいのだ。


ちなみに帰って来るのは土曜日――僕と京田さんの対局の日だ。

父の方こそ、疲れてて入門テストどころじゃないんじゃないだろうか。




「…精菜、プロ試験終わったらどこか遊びに行こうか」

「本当?デート?」

「うん」

「佐為大好き♪」

と妹の前なのに、精菜は僕の腕に手を絡ませて、頭を凭れかけてきた。


「なに?お兄ちゃんまさか泊まり?」

と冗談を言ってからかってくる妹に、僕らは顔を赤くするのだった――











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