●MAIN BATTLE 27●





プロ試験13日目、午後からの対局が始まった。



僕の相手は院生11位の松野さん。

合同予選でも戦った人だ。

18歳の高校3年生。

院生は今年で最後だけど、来年も外来予選から受ける覚悟を既に決めているらしい。

大学も都内の私立大学に推薦入試で既に入学を決めていて、3月までは院生を続ける予定だそうだ。



「ありません…!」


14時過ぎ、松野さんが投了した。

ガチャガチャ石を片付けながら、僕はチラリと隣の京田さんの盤面を見た。

こちらも終局間近で、僕が石を片付け終わる頃に、対戦相手が頭を下げた。


「負けました…」



僕は一足先に、次は精菜と柳さんの盤面を確認しにいく。

複雑な展開。


でも良いのは――精菜だ。


このままいくと、2目半で精菜が勝つ。

柳さんがぎゅっと目を閉じた。

この一言を言ってしまうと、彼のプロ試験が終わる。

持ち時間を使い果たし、対局時計が鳴る。


50…40…30…20……


ギリギリまで粘って、そして柳さんが頭を下げた。



「……負けました」


京田さんが彼の肩に手を置く。


「京田君…」

「待ってるからな。来年絶対決めろよ…」

「うん…――」


柳さんの目には涙が滲んでいた。

僕の方は精菜に笑顔を向ける。

精菜も笑ってきた。


「約束したからね」

「うん…――」





13日目が終了。

全勝が僕と京田さん。

二敗が精菜。

三敗が彩と柳さん。

残り二局となった。














「あ、お父さん勝ったみたいだな」

「ホント?」


彩も精菜も僕の携帯を覗いてくる。

エレベーター待ちをしている時に速報サイトを再び見てみると、一時間も前に終局していた。

既に生配信は終わり、再生のみとなっている。


ちなみに母も昨日大阪で王座戦を戦っていた。(もちろん勝った)

この後父と新大阪で待ち合わせ、そのまま広島・因島に向かう予定だそうだ。

本因坊秀策の聖地巡りという訳だ。

こっちは人生をかけたプロ試験を目の当たりにしてるというのに、何ともお気楽な両親である。


「八ツ橋より、もみじ饅頭頼めば良かったなぁ…」


彩が残念そうに呟く。

この妹も大概お気楽である。



「え?おじさん広島に行くの?」

「うん。今大阪にいるお母さんと待ち合わせて、因島旅行するんだって」

「因島?」

「本因坊秀策が生まれたところなんだって」

「へぇ…何だか棋士っぽい旅行だね」

「でももみじ饅頭は諦めきれない〜〜やっぱりお母さんに電話しよ!」


彩が母に電話をかけ出した。



「…あ、お母さん?もみじ饅頭忘れないでね。え?勝ったよ、もちろん。うん、お兄ちゃんも勝った」


今日の結果を聞かれたらしい。

さすが母だ、抜け目ない。


「あ、お父さんには会えた?――え?ええ??そうなの?!…ええ?!わ、分かった…、うん。じゃあね…」


通話を終了した彩が、僕達に微妙な表情を向けてくる。


「因島…緒方先生も一緒に行くことになったって」


「「え?!」」


思わず精菜とハモる。


「お父さん…緒方先生を撒けなかったみたい」

「ご、ごめんね…。お父さんお邪魔虫だね…」

精菜が申し訳なさそうに言う。

「お父さん、お母さんとどこに行くつもりなのか白状しないなら、お兄ちゃんと精菜の交際は認めないって…脅されたらしいよ」



「「――!!」」



それを聞いて、僕は緒方先生に精菜とのことがバレていたと確定させられる。

当然精菜も親にバレたということで、顔を真っ赤にしていた。


「お兄ちゃん良かったね。言い換えればお父さんが白状したから、認めて貰えたってことでしょ?これで堂々と付き合えるね…」

「はは…、ならいいんだけど…」


実は周りに精菜とのことがバレて以来、つまり緒方先生に知られて以来、先生と一度も会っていない。

会うのが恐くて祖父の家にロクに行ってないせいだ。

でもいつまでもこんな状況が続くわけがない。

プロになれば職場は同じだ、否応なしに会うだろう。

どういう態度で接すればいいんだろう……

(考えただけで恐すぎる……)



「ごめんね佐為…。私のせいだね…」

「まぁいつかはバレることだし…仕方ないよ。僕は逃げも隠れもしないから」

「佐為…」


彼女の前では安心させる為にこんなことを言ってみるが、本当は逃げたくて仕方がない。

でも、精菜と付き合うつもりなら、絶対に避けては通れない道だ。

もちろん出来ることなら結婚まで行きたいと本気で思っている。

だから、認めてもらう為に覚悟を決めるしかない…!!



「私の予想だけど、緒方先生、絶対新初段シリーズでお兄ちゃんを指名してくると思うよ」

「……やっぱりそう思う?」


彩が深〜く頷いた。


「佐為…ごめんね」

「大丈夫、逆コミだし、勝つ気でいくよ」

「頑張って。私も応援に行くね!」

「私も〜♪」



父親と彼氏の対局で彼氏の方を応援するなんて、火に油を注ぐようなものだと僕は思ったのだった――











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