●MAIN BATTLE 26●
プロ試験13日目。
今日の目玉はなんと言っても二敗同士の精菜と柳さんの一局だ。
「精菜緊張してる?」
棋院までの道で彩がたずねる。
「ううん。いつも通りだよ」
「すごーい!」
確かにすごい。
今日の対局が合格か不合格か、決定する一局のようなものなのに、平常心で打てるこの10歳の少女の精神力は本当にスゴすぎる。
「自信しかないよ。私、絶対に佐為とプロになるんだから」
「すごいねぇ…」
彩が感嘆の溜め息を吐いた。
「…私は、お兄ちゃんと精菜と一緒にプロになれないかもしれない…」
既に三敗の彩。
もし今日精菜が柳さんに勝つとすると、精菜は二敗のまま、柳さんが三敗に落ちる。
合格は3人。
僕も京田さんも今まで全勝で、お互い今日も明日も普通に打っていれば負けるような相手ではない。
もし今日精菜が仮に負けて、明日柳さんに彩が勝てば、三敗同士で彩と精菜のプレーオフになるかもしれないけど。
それでもどのみち合格はどちらか。
この三人で仲良く合格はもうほぼあり得ない。
「私はもう一年院生かなぁ…」
「彩…」
「ま、でも、そんなことは終わってから考えよ。今日は麻川さんとの一戦だもん!気を抜いたら負けちゃうからね!」
今日は院生4位が相手の彩。
気を持ち直して、メラメラ燃え出した。
「うん、その息だ。頑張れよ」
「うん!」
対局5分前になって、精菜と柳さんが向かい合った。
二敗同士の二人。
精菜が鋭い視線を彼に向けている。
柳さんはちょっと緊張しているように見える。
でも普通はそうなるだろう。
「柳、緒方さんに気迫負けしてるな…」
偶然僕の隣が席だった京田さんが呟いた。
「そうですね…」
「俺も緒方さんにはあんまり勝ったことないんだよな…。この前の一局は上手いこと打てたから勝てたけど」
「僕も冷や汗ものでしたよ。彼女の囲碁センスは本当に凄いです。とても10歳とは…」
「10歳かぁ…。恐いな」
「本当に。恐いです」
「でも進藤君、あの緒方さんと付き合ってるんだろ?」
京田さんが更に小声でヒソヒソ続けてくる。
「…まぁ」
「緒方棋聖も知ってるの?」
「…さぁ」
「そういえば今日、京都で進藤本因坊、緒方棋聖と早碁オープンの決勝だったよな?」
「ええ…あっちももうすぐ始まる頃だと思います」
「昼休みに速報見るのが楽しみだ」
「そうですね」
開始時間になって、全員が頭を下げた。
「「お願いします」」
打ち掛けの時間になって、僕は精菜と柳さんの盤面を確認しにいく。
進行が早く、既に100手近く進んでいる。
予想通り精菜が常にリードしている状況。
安心して僕は控え室に向かった。
「来年どうする?」
「俺も潮時かなぁ」
プロ試験13日目にもなると、もう既に合格を諦めてる人も多い。
まだ院生にいられる年の人達でも、悩んでいる人ももちろんいる。
「こういう時師匠がいればなぁって思うよ」
「どうしたらいいのかアドバイスくれるから?」
「うん」
「僕は師匠いるけど、頑張れ諦めるなって、受かるかどうかも分からないプロ試験を永遠と受けさせられてるよ。それもどうかと思うけど…」
「やっぱり自分次第かぁ…」
22歳までプロ試験は受けれるけど、本当にその歳まで受け続ける人は稀だろう。
僕の両親のように一発で受かる人にとっては、関係ない話なんだろうけれど。
でも――目標はプロになることじゃない。
プロ試験はあくまで通過点。
本当に大変なのはプロになってからだ。
「進藤君。早碁オープン、両者一歩とも譲らない展開になってるよ」
「そんなんですか?」
京田さんに言われて、僕も携帯の速報ページを開ける。
リアルタイムで配信される映像。
盤面はもちろん、たまに父や緒方先生の様子も映る。
父はいつもの扇子の先を額に当てて、長考しているようだった。
でも早碁オープンという名だけあって、この対局の持ち時間は1時間半しかない。
父は直ぐ様次の一手を打っていた。
「進藤本因坊のこの扇子、カッコいいよな。昔から思ってたけど」
「昔棋院の売店で買ったそうですよ…」
幽霊の佐為と打ってた時、佐為は扇子で自分の次の一手を示していたらしい。
平安時代の貴族なら必ず持っていた扇。
同じような扇子を選んだのは、やっぱり佐為の弟子という気構えからなのか。
一方緒方先生も、恐いくらい真剣な表情で盤面を睨んでいる。
精菜は母親似だけど、やっぱりこの目付き…父親にも似ている。
「どんな感じ?」
精菜が携帯を覗いてくる。
結構密着してきて、ちょっとだけ顔の温度が上がるのが分かった。
「まだ五分五分。あ、でも今お父さん持ち時間使いきったみたい」
60秒の秒読みが始まった。
過去10回優勝している早碁が得意な父の実力の見せ所がスタートする――
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