●MAIN BATTLE 23●





プロ試験12日目、精菜との一戦。

一時間の昼休みが終わり、午後からの対局がスタートした。




18の六、18の五、18の七、19の五……


右辺の白が大きく生きて、10目黒地が減る。

だけどその間に下の白が弱くなった。

ここは白の眼形を奪い、大場に回って攻めるのが常識的。

でも追及の手を緩めない厳しい一手に驚く。




――相変わらず強い。


こんなにも難しい局面なのに、たった数分で決断してくる精菜。

彼女の囲碁のセンスは紛れもなく緒方棋聖譲りだと実感する。



緒方先生が祖父の元に入門したのは中学入学と同時と聞く。

祖父母は結婚前、もちろん母も生まれてなかった時の話だ。

祖父は緒方先生のこの囲碁センスと情熱を認め、自らが師匠になって共に精進する道を選んだという。


先生は祖父を師匠に選んだけど、僕は祖父ではなく父を師匠に選んだ。

塔矢門下ではなく、進藤門下としてプロになる。


父と緒方先生。

公式戦での初対局は、父が初めて本因坊リーグ入りを果たした16歳の時。

その時既に十段と碁聖の二冠だった緒方先生。

でも父はそんな緒方先生に中押し勝ちをしている。

結局他の対戦相手に負けて挑戦者にはなれなかったのだが、当時勢いのあった先生を前に、更に上回る勢いで勝利を掴んだという。

実は公式戦で緒方先生に先に勝ったのは、母ではなく父なのだ。


だから僕も今日の対局は絶対に負けられない。

今まで全勝。

全勝の勢いのまま、父のように勝利を掴みたい――







パチッ


11の二に石を放つと、精菜が驚いたように目を見開いてきた。

上辺りに侵入した黒が生きるか死ぬかの決定的な場面。

我ながら絶妙な一手だと思う。


直ぐ様13の三に彼女はアテたが、11の一にも12の三にも利きがあるから既に手に終えない。

ツケて分断すればまだ纏まる。

だけど一旦捨てた石が全てコウ材になる。

これでは黒は勝てない。


精菜はコウにして粘る。

左下は辛うじて生還したけど、9の十三でまたコウになる。


8の十一、9の八、10の十四、そして9の十一。


精菜の表情が変わる。

今までの厳しい目付きから一転、穏やかな表情に――

僕の目を見てにっこり微笑む。


「ありませんっ」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


勝てた…と安堵の溜め息が出る。

まだ10歳なのに強すぎだろう。

将来が恐すぎる。

いや、将来が楽しみと言うべきか。

精菜なら、母が牛耳っている女流タイトルの一つでも、そのうち奪取出来るんじゃないだろうか。

そう遠くない未来に――




「負けちゃった…。これで二敗かぁ…」


精菜の残す大一番は来週土曜日。

同じ二敗の柳さんとの一戦だ。

もし彼に勝てたら、精菜も合格に王手をかける。


「来週…絶対勝てよ」

「うん…もちろん。佐為と一緒にプロになる約束だもんね」

精菜がもう一度、にっこりと可愛く微笑んできた。









一緒に控え室に戻ると、彩が京田さんとマグ碁で対局中だった。

僕らに気付いた彩が、「どっちが勝った?」と聞いてくる。


「佐為の勝ち。残念。彩は勝った?」

「もっちろん!じわじわいたぶってやったわ」

ププッと笑っている。

性格の悪い妹だ。


京田さんが「並べてくれる?」と僕に聞いてくる。

「いいですよ。そのマグ碁使ってもいいですか?」

「んー、ちゃんと碁盤に並べてもらいたいなぁ」


下の一般対局室に行くか、前みたいに僕の家に行くか。

悩んでいると、京田さんが

「じゃ、今日は俺んち来る?」と提案してきた。

「え…?」

「この前は進藤君ちお邪魔したし。これで公平だろ?」

「近いんですか?」

「広尾。進藤君ちまでと一緒で30分くらいかな。市ヶ谷からだと接続が悪いんだよ。だからいつも恵比寿で降りて歩いてる」

「へぇ…」


広尾?


「進藤と緒方さんも来る?」

「行く行くー!精菜も行くよね?」

「佐為が行くなら…」



こうして4人で今度は京田さんの家に行くことになった――











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