●MAIN BATTLE 22●
プロ試験12日目。
今日は精菜との大事な一戦がある。
「「はぁ…」」
それなのに朝から溜め息を吐きまくる僕達兄妹を見て、精菜が首を傾げてくる。
「佐為、彩、何かあった…?」
「だってお父さんがぁ…」と彩が精菜に昨日の一部始終を話し出した。
「え!おじさんにバレちゃったの?」
「もう最悪…」
「下手したら弟子入りの件がパアになるかもしれない…」と僕も頭を押さえた。
「それは大丈夫だと思うけど…。おじさんが直接テストする方法に変わっただけでしょ?」
「ならいいんだけど…」
父は彩を昔から溺愛している。
悪い虫が寄ってくるのを許す訳がないのだ。
例え京田さんが彩のことを何とも思ってなくても、彩の好きな相手というだけで父にとって彼は虫に決定だ。
彼が入門する為には、こうなったら父との一局で父が婿に迎えてもいいと思わせるぐらい唸らせる内容の碁を打たなければいけないだろう。
果たして打てるだろうか。
「あ…噂をすれば」
精菜の声に僕も彩もドキリとなる。
京田さんも僕らに気付いて「おはよう」と挨拶してきた。
「おはようございます…」
と小さい声で返しながら、彩は赤くなって下を向いてしまった。
「進藤君、今日は緒方さんとだね」
彩はスルーして、京田さんは僕に話しかけてくる。
やっぱり京田さんは彩のことを妹が一人増えたぐらいにしか思ってないような気がする……
「…京田さんは誰とですか?」
「遠藤さん」
「あ、僕も昨日あたりました」
「彼、プロ試験今年で最後らしいね」
「みたいですね。大学受験に専念するらしいです」
「大学ねぇ…俺考えたことないかも」
「そうなんですか?」
「今年こそプロになるつもりだし。進藤君、同期になれたらいいね」
「そ、そうですね……」
……なんだろう。
初対面があんまり良くなかったからなのか。
昨日といい、最初の険悪さが嘘のような態度を取ってくる京田さんに、ちょっと戸惑う。
話してみれば普通の人だ。
京田さんの方は残り4戦、僕との最終局を除けば全員格下の相手。
例え僕に負けたとしてもたった一敗だ。
合格確実も間近。
角が取れてきたのは、その余裕からなのか。
「父が…」
「え?」
「父が最終局が終わり次第、京田さんを連れてこいと…言ってました」
「進藤本因坊が?」
「直に打ってテストするそうです…よ?」
「本当?」
途端に嬉しそうな表情をしてくる。
「すみません…僕との一局で審査してもらおうと思ってたんですが…」
「全然いいよ!進藤本因坊と打てるなんて夢みたいだし!」
最高!進藤君ありがとう!と興奮している。
ズキリと良心が痛む。
京田さん…頑張って下さい…
僕にはもう応援することしか出来ない……
対局開始5分前。
僕は精菜と向かい合って座った。
合同予選の時はキスとプロを賭けたことを、ふと思い出す。
あれ以来、一応週に一回くらいのペースでキスはしている僕ら。
精菜はそれで満足してくれてるのだろうか。
キスはしてても、ろくにデートもしていない。
プロ試験が終わって土日が休めるようになったら、ちゃんと普通のデートもしようと心に誓う。
でも今は――――敵だ。
僕は最愛の彼女に鋭い視線を向けた。
彼女の方も本気の目で僕を睨んでくる。
「「お願いします」」
16の四、4の十六、16の十六、4の四……まずは四方の星を打ち合って陣地の取り合いがスタートする。
前回は終盤まで精菜が常にリードし、最後のヨセ勝負で逆転して僕が勝った。
今回はどんな戦いになるのだろう。
相変わらずキレのいい彼女の打ち筋。
読みも早く、押さえるところはしっかり押さえてくる。
開始から1時間半、50手まで進んだ頃には、正面衝突で石がぶつかっていた。
16の八、16の九、18の十一……白が生きるかどうかのコウになる。
僕が長考の末にコスむと、次は精菜が長考。
後の展開も複雑、一歩間違えれば潰れてしまう状況だ。
15の十二を精菜が打ったところで、白川先生が「打ち掛けにして下さい」と休憩の合図をした――
「たまには外行こう」
いつもは控え室で昼食を取っている僕ら。
今日はこの彩の一言で、駅前のセルフカフェに行くことにした。
期間限定に弱い彩はカルツォーネと豆乳ラテ。
僕と精菜は冒険はせずに定番メニューのサンドイッチとカフェラテを注文した。
「お母さんって何でお昼ご飯無しで打てるんだろうね〜。私は絶対無理!」
「集中を切らしたくないんだろ。食べたら眠くなることもあるし」
「え〜対局途中に眠くはならないでしょ」
「分からないよ。相手次第かも」
「まぁ…すっごい格下で、余裕で勝てる状況なら確かに欠伸の一つや二つ出るかもね〜」
どうでもいいことを話しながら休憩時間を過ごす。
でも頭の片隅に常にさっきの盤面がチラつく。
下がるべきか、切るべきか。
どっちが正解なのだろう……
精菜も同じように頭の中で考えてるのか、さっきから口数が少ない。
両親が終局まで一言も喋らない意味が分かった気がした。
本気の対局ほど馴れ合いたくないのだ。
緊張感を最後まで持ち続けたい。
「さ、昼からどう打とっかな〜」
彩が背伸びする。
「一気にカタを付けにいくか、じわじわいたぶってやるか」
「その表現やめろよ…」
「いいじゃん。ちょっとは遊んでも〜」
彩の今日の相手は確か外来予選から上がってきた大学生。
歳が半分の小娘が相手なのに何だか可哀想だ。
この世界は年功序列じゃない。
完璧な実力社会。
強い者が上に行く、単純明快な弱肉強食の世界。
一生この世界に身を置く覚悟はずっと前から出来ている。
出来ることなら今前に座ってる二人と…一緒にスタートを切りたいと願う。
(二人とも最後まで諦めるなよ…!)
と心の中でエールを送った――
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