●MAIN BATTLE 20●
「おはよ、佐為、彩」
「おっはよ〜」
「おはよう精菜」
プロ試験ももう11日目。
精菜とこんな風に駅で待ち合わせて棋院に向かうのも、あと4回となった。
しかも明日は精菜との一戦だ。
「名人戦、今度はおじさんが勝ったね」
「うん。これで3勝2敗だな」
「次はどこであるの?」
「確か兵庫だったかな…」
「兵庫かぁ…。夫婦で色んなところ行けていいね」
「お陰で子供は放置されてるけどね」
今日の昼頃には両親は熱海から帰ってくるはず。
今日の対局ももちろん父に見てもらうつもりだ。
でもっていつもの特訓もしてもらおう――京田さんに勝つ為に。
「おはよう、進藤君」
控え室に入ると、その京田さんが僕に直に声をかけてきた。
いつもは彩経由という感じなので、ちょっとだけ驚く。
「おはようございます…」
「進藤本因坊、第五局上手いこと打ったね」
「あ、そうですね。前回がアレだっただけに、今回は満足のいく戦いが出来たんじゃないでしょうか」
「中盤名人が主導してるように見えてたけど、実は本因坊が誘ってたわけか」
「正面衝突を避けるにはハネる変化も考えられましたけど」
「シチョウも黒有利だったしね」
「母が一時間長考して出した答えでしょう」
「最後は細碁だったね。なのにあの正確さは称賛に値するよ」
「レベルが高かったですよね。見てて楽しかったです」
「俺も。高校で授業受けながらずっとイヤホンで隠れて解説聞いてたよ」
先生にバレなくてよかった、と京田さんが笑う。
「解説が倉田天元だったのがまたよかったですよね。北斗杯の頃から両親をよく見てますから、お互いの考えを上手く説明してくれてました」
「そうだね…」
「……」
「…あー、いきなり話しかけてごめんな。昨日の今日でまだ興奮が収まってないみたい」
「いえ…こんな話なら大歓迎です」
「やっぱり進藤本因坊最高だよ」
じゃあね、と京田さんは対局場に向かって行った。
…話だけじゃなくて、実際に碁盤を使って一緒に検討出来たらどんなに有意義だろうかと思う。
彩や精菜との一局しか見たことないけど、京田さんのレベルはかなり高い。
しかも師匠無しで、囲碁を始めて3年半なのだ。
父のもとで一緒に勉強出来たら、僕自身にとってもきっといい刺激になる。
僕は実は自分の為に京田さんの肩を持ってるのかもしれないな…。
「佐為、不完全燃焼って顔してる」
精菜が笑ってくる。
「後で一緒に検討しませんか?って一言言えばいいのに」
「まぁ…そうなんだけど。なかなかね…」
「佐為、おじさんの弟子になったんでしょ?」
「うん…まぁ」
「じゃ、京田さんも弟子になったら一緒に勉強出来るね」
「まぁな…」
「おじさんは許してくれそう?」
「僕との最終局で審査するらしいよ」
「ふぅん…勝ったらってこと?」
「勝ち負けよりは内容かな」
「そのこと京田さんは知ってるの?」
「ちゃんと話した訳じゃないけど、何となくは気付いてるんじゃないかな。最終局次第ってことに…」
「じゃ、もうすぐ一緒に勉強出来るね」
「京田さんが期待を裏切らなければね」
「佐為厳しい〜」
「当たり前だよ。お父さんも言ってた、僕や彩が弟子になるのとは訳が違うって」
「ふぅん…そういうもんなんだね」
精菜と話しながら僕も対局場に向かった。
チラリと京田さんの席を見る。
京田さんの前には柳さんが座っていた。
全勝の院生2位と、一敗の院生3位の直接対決。
(この対局も見ものだな…)
僕は院生8位の遠藤さんの前に座った。
海王高校の2年生らしい。
海王はほぼ99%が大学受験をする。
つまり来年はプロ試験を受ける余裕なんてないだろう。
もちろん、絶対に合格するレベルなら受けるかもしれないけど、今年の遠藤さんの勝敗はここまでま3勝7敗。
かなり微妙な勝率だ。
「進藤君は海王中なんだよね?」
「あ、はい」
「担任誰?」
「星野先生です」
「星野先生か〜。僕も中3の時担任だったよ」
「そうなんですね」
「海王は高校受験無いから碁に専念出来て良かった…」
「…大学はどうされるんですか?」
「もちろん行くよ。第一志望は一応東大だし」
「すごいですね」
「だからプロ試験は今年で最後だ。後悔しない為にも全力でいかせてもらうよ」
「僕もです」
「「お願いします」」
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