●MAIN BATTLE 2●





抽選の結果、僕の1日目の対局相手は院生5位の相川さんに決まった。

ちなみに柳さんとは4日目。

彩とは10日目。

精菜とは12日目。

そして最終対局となる15日目が京田さんに決まった。


「え〜〜どうしよう」


彩が頭を抱えた。

彩の初日の相手が京田さんに決まったからだ。

いきなりの院生1位2位対決。

ただでさえ初日で緊張気味の彩は既に半泣きだった。


「精菜は誰と?」

「私は10位の美輪さん」

「いいな〜〜」と叫んでいる。

美輪さんにちょっと失礼だ。



「進藤、よろしく」


京田さんが彩の肩をポンと叩いて、先に席に向かった。

彩もしぶしぶ彼に続く。


…やばいな。

あの調子だときっと彩は負ける。

平常心でいけよ!と一応後ろ姿に念じておく。






そして僕も5位の相川さんの前に座った。

「初めまして。今日はよろしくお願いします」と律儀に頭を下げて挨拶してくれる。

聞けば中学3年生だという。

「奇跡でも起きてプロ試験受かったら、高校なんて行かないんだけどね」と笑っていた。


「進藤君は高校はどうするの?」

「中1だからまだ先の話ですけど、高校は行くと思います」

「海王はエスカレーターなんだっけ?」

「そうですね、全員が全員上がれる訳じゃないですけど。足きりはあるので」

「そうなんだ」


僕は高校は行くつもりだ。

確かに両親のように中学卒業と同時に碁に専念するのも一つの人生だ。

でも僕は知っている。

勉強嫌いの父はともかく、母が進学しなかったことを少し後悔していることを。

確かに中卒で、17歳で出産という、この経歴だけを見ればただのヤンキーだ。

だからもちろん精菜にも高校は行ってもらう。

出来たら大学も。



「「よろしくお願いします」」












12時――打ち掛けの時間になって、僕らは昼食の為に控え室に戻った。


「もうダメ…絶対負ける…」

と彩が机に突っ伏している。

「彩、そんな弱気じゃ本当に負けるぞ」

「だってぇ…」

「帰ったら並べさせられる。お父さんに何言われても知らないからな」

「うう…」


「へぇ、進藤本因坊に検討してもらえるんだ」

いいねぇ、と僕らの会話を聞いていたらしい京田さんが、控え室の端から盤外戦をしかけてきた。


「本因坊に棋譜見てもらえるんだったら、俺、昼からもっと攻めようかな」

「えぇ??京田さんヒドイ〜〜」


……。

こんなにねちねち言われて正直いい気はしないな。

どうする?

言い返すか?


「――じゃあ、京田さんも検討に加わります?」

「え?」

「別にいいですよ。僕から父に話しても」

「…本当に?」


嫌みったらしかった京田さんの顔があっという間に素に戻る。


「でも父は厳しいですよ。京田さんてプロ試験今回で何回目なんですか?」

「…3回目」

「それでウチに来る気ですか?」


鼻で笑うと、ム…と京田さんが口をつぐむ。

プロ試験ごときで躓いてるくせに、父の弟子になりたいなんて、本気で言ってるんですか?――と目で訴える。


「じゃ、いいよ」

京田さんが面白くなさそうに控え室を出ていった。



「どうしたの?佐為らしくないよ」

精菜が心配してくる。

「別に。本気なら這い上がってくるだろ」

「そしたらおじさんに会わせてあげるの?」

「プロになれば打てるだろ」

「も〜プロになったからって、トップ棋士と打てるまでに何年かかると思ってるの?普通は機会ないよ」

「…まぁな」


改めて自分の環境がいかに恵まれているか実感する。

両親は二人ともタイトルホルダーで。

祖父の家で開かれる研究会に参加すれば、元名人の祖父や緒方棋聖、芦原先生、笹木先生とも打てて。

家にはしょっちゅう和谷先生や伊角先生、社先生も来る。

父に付いて他の研究会にも参加すれば芹澤先生や倉田先生と打つ機会も簡単に持てる。


「でも京田さんにだって師匠くらいいるだろ?」

「いないらしいよ。彼、本格的に囲碁始めたの中学の部活動かららしいし。才能があるから顧問の先生に院生勧められたとか聞いたけど」

「へぇ…」

「去年院生からプロになった人の繋がりで、どこかの研究会には参加してるとは言ってたけどね…」

「なるほどね」


碁を始めて3年半か。

師匠も無しで彩に匹敵する実力があるとしたら確かに面白い存在だ。












「それで?初戦で負けて彩は部屋に閉じこもっちゃった訳か」


結局彩は黒星スタートとなった。

僕と精菜はもちろん勝ち。

彩と京田さんの一局から僕は父に並べ始めた。


「ふぅん…」

「どう?白が院生2位の京田さん。囲碁を始めて3年半らしいよ」

「ここのコウが決定打になったわけか」

「うん、解消出来なかった彩の負け」

「このプロ試験一番のキーパーソンな訳だ」

「たぶんね。僕は最終日にあたる」

「楽しみだな」


言おうかどうか迷ったが、僕は父に尋ねる。


「…もし京田さんがプロ試験受かったら、うちに一度連れて来てもいい?」

「?別にいいんじゃねーの?」

「彼、お父さんと打ちたがってるから」

「オレと?」

「お父さんのこと、『憧れの棋士』なんだって。弟子になりたいくらいに」

「ええ?!何か恥ずいなソレ…」


あまり言われ慣れてないのか、父が本気で動揺してる。

恥ずかしそうに頬をかいた。


「もし本因坊秀策に弟子がいたら、お父さんみたいな人だろうって絶賛してたらしいよ」

「――え」

「お父さん、秀策好きだもんね。今でも毎日棋譜並べてるんでしょ?」



「――――
正解だ



「え?」

「いや、何でもないよ。…いいよ、もし京田君がプロ試験受かったら、打とうって言っておいて」

「…言うわけないじゃん。ライバルのやる気上げてどうするんだよ」

「ふぅん…ライバルなんだ?」

「何?」

「何でもなーい」



さぁ、明日は2戦目だ――









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