●MAIN BATTLE 18●





「たっだいま〜!」


翌日夕方――僕が学校から帰ってきた後すぐ、両親も鳥取から帰ってきた。

父はご機嫌、母は何だか疲れているように見える。


「お母さん、ごめんなさい…」

即座に謝る。

「え?」

「お父さんが鳥取に押し掛けたの、僕のせいなんだ…」

「ああ…大丈夫だよ」

母が笑ってくる。

「嬉しかったから」

「え…?」

「ヒカルが僕の為にわざわざ来てくれたことがね」

「そう…なの?」

「うん。僕って愛されてるなぁ…って、しみじみ感じた女流本因坊戦だったよ」

もちろん勝ったし言うことなしだ――と。


聞けば大判解説の聞き手になった父は、案の定解説の芦原先生と観客に説明しながらもバトルしていたらしい。

芦原先生は母との小さい頃からの思い出話を披露し。

父は負けじと結婚してからの惚気話を永遠と語っていたらしい。

終始笑いの絶えない大盛り上がりの大判解説だったという。


もちろん別室でそんなバトルが繰り広げられてるなんて思いもしない母は、ちょっと(?)寝不足ではあったけれど、相手はたかだか女流五段。

現名人を前に自分の碁など打たせて貰えるはずもなく、あっけなく投了し、母は二連勝となった。


前から思っていたけど、母が女流棋戦に出るのは反則な気がしてならない。

確かに女性であることは間違いないのだけれど、明らかに『女流』の棋力ではないからだ。

今も七大タイトルのうち、名人と王座を保持している母。

名人は通算3期。

王座は通算4期。

他にも十段が2期、碁聖と天元が1期をそれぞれ保持したことがある。

今の父との名人戦ですら3勝1敗と既に防衛に王手をかけている。

あの父ですら勝てないのだ、他の女流が敵うわけがない。

入段翌年から全ての女流タイトルを保持していて、今まで一度も落としたことはない。

もしかしたら引退するその日までずっと保持する可能性もあるのだ。

(他の女流が気の毒だ…)



「ヒカル、僕はちょっとお昼寝してくるから。夕飯は少し遅くなってもいいよね?」

「じゃあオレも寝よっかなぁ〜」

「いい加減にしてくれ、もう十分だろう。キミは佐為と一局打ってろ。ほら、可愛い弟子が待ってるよ」


しっしと手で父を追いやって、母は一人で二階に上がって行った。

女流本因坊戦は持ち時間4時間。

昨日の15時には中押し勝ちで終局した。

帰ろうと思えば昨日のうちに帰ってくることも出来たはずなのに、今頃になって帰宅したということは……そういうことなんだろうな。

(チェックアウトギリギリまで温泉でいちゃいちゃしていたんだろう。なんせ今日はハロウィンだしな…)

やっぱり元気な両親だとつくづく思う。



「ちぇっ、じゃあ佐為打つか〜」

「その前に昨日の彩との一局見てもらってもいい?」

「お。もちろん」


兄妹対決となった昨日の10局目。

僕が勝ち、彩は3敗となった。

彩の残す大一番は14局目の柳さんとの一局。

その前に13局目で精菜も柳さんとあたる。

柳さん的には来週の土日が合格の分かれ道だろう。


「佐為はあと5局、誰とあたるんだっけ?」

「この土日が院生8位の遠藤さんと精菜。来週が院生11位の松野さんと9位の林さん。でもって最終日が京田さん」

「山はやっぱり京田君か…」

「そうだね。精菜も強敵ではあるけど…」


彩との一局を並べながら、僕は父に京田さんのことを先に伝えておくべきか考えた。

父の弟子になりたいと本気で思っている彼。

あの時は父に門下を開く気がなかったから、謝っていたけれど。

開いてしまった今となっては、父はどう思ってるんだろう……


「お父さん」

「ん?」

「京田さんもお父さんのもとで勉強したがってるのは知ってるよね…?」

「ああ…そういえばそんなこと言ってたな」

「お父さんはどう思ってるの?弟子は息子の僕だけ?」

「……」


父が急に真面目な顔になる。


「…弟子を持つってことは、その弟子の棋士人生にも責任を持つことだからな。そう誰でも安請け合いすることは出来ない。佐為や彩が弟子になるのとは訳が違う」

「…そう」

「もちろん、京田君がちゃんと志願してきたら考えるけどね」

「じゃあ、僕との最終局で審査してあげてくれる…?」

「……」

「…何?」


父がニヤニヤ笑ってくる。


「いやぁ、お前がそんなこと言うなんてな〜って。認めてるんだな、京田君のこと。あ、ライバルだっけ?」

「ぼ、僕は別に…」

少しだけ顔が赤くなる。


「――いいよ」

「え?」

「佐為がそこまで言うなら、最終局の結果次第で門下入りを認めるよ。だって京田君はオレが秀策の弟子ってことにも気付いたしな」

「秀策じゃなくて、佐為の弟子でしょ?」

「同じだよ。秀策は佐為に全部打たせてやってたんだから」

「…お父さんも打たせてあげればよかったのに…」

「…そうだな。でも、今はこれでよかったと思ってる」

「……」

「もう二度と佐為には会えないけど、アイツはオレの碁の中にいるから…」

「……」

「佐為の力じゃなくて、自分自身をアキラに認めてもらえたしな」


もし佐為に全部打たせてたら、お前らは生まれてなかったかもな――そう言われてしまうと、僕も今を肯定せざるを得ない。



「…じゃあ、せめて緒方先生にも一回くらい打たせてあげたらよかったのに…」

「…え?」

「精菜から聞いたんだ。緒方先生も佐為と打ちたかったんだって」

「緒方先生やっぱり気付いてないんだな…」

「え…?」

父が口許を緩める。

「佐為はちゃんと緒方先生の気持ちに応えてあげたよ」

ちゃんとアイツは打ってあげた。

囲碁ゼミナールのあった晩、月明かりの中での一局だ。

「先生はちょっとお酒が入ってたみたいだけど…」

佐為がいなくなる前日の話だよ、と。

「そうだったんだ…」

「あ、緒方先生には言うなよ?また面倒なことになったら嫌だし」

「うん…」



改めて彩との一局を父に見せた。

「可愛い妹に容赦ないな」と苦笑される。

妹だからこそ本気でぶつかったんだ。




「あと5戦、気を抜くなよ」

「うん。もちろん。お父さんこそ、明後日からまた名人戦でしょ?頑張って」

「おう!」










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