●MAIN BATTLE 14●





「この辺ちょっとイライラしてた?」

「だって午前中20手しか進まなかったんだよ?信じられないよ。彩となら5分でここまで進むね」



プロ試験8日目。

夕方家に帰ってから早速父と検討を始めた。

噂通りの小松さんの打つ遅さに、驚きを通り越して目眩がした。

きっとこれが小松さんの作戦なんだろう。

相手がイライラして無理に早く終わらそうと攻めた時に出来る隙を狙ってるんだ。


「持ち時間2時間半しかないんだよ?この20手でほとんど使うなんてバカげてる」

「熱くなり過ぎだって。プロにも打つの遅い人はザラにいるぜ?上手く対処しないと自分が痛い目見るだけだぞ」

「そうだけど…」

「今アキラと打ってる名人戦は持ち時間8時間だ。二日碁の時はオレだって打つペースこんなもんだよ」

ま、序盤でこんなに長考はしないけどな、と苦笑する。


「もういいよ…小松さんは。結局中押し勝ちしたし。それより昨日の精菜と京田さんの一局をお父さんにも見てほしいんだけど…」


一度石を全て片付けてから、昨日並べてもらった一局を再現する。

白が精菜で、黒が京田さん。

まるで父のような打ち方をしてくる彼の碁を、父にも見せてみた。


「ふぅん…ここの一手か」

「うん。この時点では悪手に見えるよね」

「でも先をずっと読むと、生きてくるカギの一手になる」

「お父さん…得意でしょ、こういう打ち方」

「アキラには通用しないけどな」


僕には通用するだろうか。

先読みは得意な方だけど、あまり実践経験がない。

父は僕と打つ時はこんな打ち方はしないから。

でも京田さんに勝つつもりなら、絶対に避けては通れない障害な気がする。


「最終日…11月19日に僕は京田さんとあたる」

「まだ4週間あるな」

「うん。お父さん…それまで僕を鍛えてくれる?」

「…厳しくしていいなら」

「もちろん。望むところだよ」


父が口元を緩めた。

直ぐ様ガチャガチャと石を片付け、違う棋譜を並べ出した。


「まずはオレのプロ試験最終局。越智との一局だ」


父がある一手を打った後、手を止める。


「この時点でオレの意図を読みきれるか?ちなみに越智は解いたぜ」

「……」

「14歳のオレが考えた一手だ。どんどん難しくしていくからな。付いて来いよ」

「うん――!」













「おーい、進藤。生きとるか?」

「……死んでる」


5日後。

休み時間、机に突っ伏していると、西条に耳元で声をかけられた。

机の上には父から出された宿題の棋譜がある。

ちなみにこれは父が18歳の時、本因坊リーグでの一局。


「誰の棋譜や?」

「お父さんと芹澤先生…」

「途中までしか書いてないやん」

「うん。問題だからね」

「次の一手を考える?」

「うん…」


マジかいな!と西条が驚く。

でもプロ棋士らしく西条も興味津々に考え出す。


「何やこの一手…めっちゃ悪手に見えるけど」

「見た目はね。でも普通に受けたら父の思う壺」

「じゃあこっちから攻める…とか?」


実際に西条とマグ碁で打ち始めてみた。


「いや、こっちじゃないか?こう来て…こう。ほら、繋がった」

「なるほどなぁ」

「ということは、やっぱりここを押さえるのが正解ってことだな」


棋譜に次の一手を書き込んだ。

そしてまた、カバンから新しい棋譜を取り出す。


「え?まだあるん?」

「うん。今度は父と母の一局」

「へぇ…本因坊様と名人様の」

「プライベートの一局だよ。棋譜は残ってない。二人の頭の中だけだ」

「え?え?マジかいな。めっちゃ見たい〜」

西条が覗いてくる。


二人が17歳の時の一局。

当時母は僕をお腹に宿していたけど、父の誕生日が来てなかったから、まだ二人は結婚前だ。

僕がお腹にいたのにこんな碁を打ってくるなんて、父はなんて意地悪なんだろう。

でも母には通用しなかったらしい。

この対局、結局は母が勝ったと言っていた。

その道筋を僕も考えてみる。



「――で?これプロ試験に向けての特訓かなんかなん?」

「ああ…まぁな」

「スパルタやん。こんなんせんでもお前受かるやろ?」

「全勝する為には必要なんだよ」

「へぇ…」


まぁ頑張りや、と言って西条は自分の席に戻っていった。

すぐに先生が入ってきて、次の授業が始まった。












「解けた?見せて?」


夕方、学校から戻るとすぐに父に宿題を渡した。

着替えを済ませている間に正解かどうかチェックしてもらう。


「よし、オッケー。じゃ、一局打つぞ」

「うん」

父と碁盤に向かい合って座って、直ぐ様頭を下げた。


「「お願いします」」


いつものように僕が黒。

間髪いれず早碁で打ち合って、そして父が例の一手を打つ。


「……」

「10分な。10分で解けよ」

「うん…」


父は一度離席して二人分のコーヒーを入れに行く。


朝から一日中考え続けて頭がおかしくなりそうだ。

でも…少しずつだけど、慣れてきた気がする。

この問題は10分もいらない。


僕は碁笥から一つ石を挟むと、目的の場所に石を放った――










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