●MAIN BATTLE 13●
プロ試験8日目の朝。
僕は彩と両親と4人で食卓を囲んでいた。
日曜の朝食に全員揃うのは珍しい光景だ。
「佐為、帰ってきたら並べてくれよ」
「うん、もちろん」
父が昨日の今日で早から師匠ぶる。
彩が目をぱちくりさせた。
「なに?お兄ちゃんの今日の対局って、そんなに大一番だった?」
「小松さんとだよ」
「小松さんかぁ〜私苦手〜打つの遅いもん」
「ペース持っていかれるなよ」
と師匠様からのアドバイス。
彩が目を丸くする。
「お父さん…さっきからどしたの?」
「ふっふっふ〜実はさ〜」
父が上機嫌に発表する。
「佐為はオレの弟子になったのだ!」
……。
ちょっとウザい。
やっぱり早まったかな…と少し後悔する。
「弟子?何それ!お兄ちゃんだけ?ずるい!」
「じゃあ彩もなるか?」
「えー…どうしようかなぁ…うーん」
彩が悩みだした。
贅沢な悩みに京田さんが聞いたら怒るぞ。
「私は…なるならお母さんの弟子の方がいいかなぁ」
「え?僕…?」
今度は母が目を丸くする。
「だってお母さん…私の憧れだもん。女性初の七大タイトルホルダーだもんね」
「じゃあ彩は僕の弟子になる?」
「うん!なる!」
「分かった。じゃあ彩、明日からもう一時間早く起きるように」
「……えっ」
「僕が父としていたように、毎朝一局打ってから学校に行こうか」
「あー……やっぱり、弟子の件はもうちょっと考えてからにしようかな。えへへ」
僕と父は笑うのを必死に堪えていた。
「おはよう、精菜ちゃん」
「おじさんおはようございます。よろしくお願いします」
今日は父の車で棋院に向かうことになった。
9時から父も棋院で取材の仕事が入っていたからだ。
途中精菜の家にも寄ってもらって、4人で市ヶ谷に向かった。
「彩は今日誰と対局?」
「9位の林さん。精菜は?」
「松野さん。合同予選から上がってきた人」
「じゃあお互い今日は早く終わりそうだね。ね、帰りアイス食べに行こうよ。ハロウィンの期間限定フレーバー来週まででしょ?」
後部席で彩と精菜がはしゃいでいる。
運転中の父が「そうか、もうすぐハロウィンかぁ〜」とニマニマし出した。
きっとまたエロいことでも考えてるんだろう。
母も大変だなと思う。
でも最近母は父に優しくなった。
あの父の話を聞いた日から――
名人戦がまだ終わってもないのに、別けていた寝室もまた一つに戻したし。
僕や彩の前だと嫌がっていたスキンシップも、キスまではOKし出した。
今日だって行ってきますのチューを堂々としていたぐらいだ。
結婚13年目とは思えないラブラブぶりだ。
しかも今度二人で因島に旅行に行くとか言っていた。
「…因島、いつ行くの?」
「んー、とりあえず名人戦が終わって落ち着いてからかなぁ」
「でも来月お父さんLGで韓国も行くんでしょ?」
「そうなんだよなぁ。ま、1泊2日だしどこかで調整するよ」
市ヶ谷にある棋院までは車を使えば20分もかからない。
父は玄関で僕達を降ろした後、「じゃあな、頑張れよ!」とだけ言って駐車場に向かった。
エレベーターを待っていると、後から「おはよう」と京田さんと柳さんがやってきた。
「「「おはようございます」」」
と三人でハモる。
「今日車で来たんだ?」
柳さんが僕に聞く。
「はい。父も9時から取材があるとかで…」
「何の取材?」
「雑誌って言ってましたけどね。何の雑誌かは知りません」
「進藤先生、囲碁雑誌以外も昔から普通に結構出てるもんね」
「そうですね…」
「CMも見たよ。あれって本当に運転してるの?」
「みたいですよ。千葉で撮影してきたとか言ってましたから…」
先週からオンエアされた某国産メーカー、新車のCM。
僕もTVをつけた時に何度か見かけたけど、子供的にはちょっと微妙なCMだったりする。
だって……助手席に乗ってる女の人が母じゃない人だから。
普通に恋人同士のドライブデートに見えて、まるで僕達家族を否定されてるみたいで嫌だった。
まぁ…母は全く気にしてないみたいだけど。(内心は分からないけどね)
父は先月31歳になったけど、20代に見えないこともない。
ファミリー向けよりカップル向けがコンセプトのCMに呼ばれるのは自然な流れなのかもしれないけど……
ちなみに母は母で今化粧品のCMに出ている。
肌が綺麗な母は、家の60インチのテレビに映してもホクロ一つ見えない。
「アキラ綺麗〜vv」とオンエア直後から父がCMを見かける度にうっとりしている。
両親は賞金ランキングも上位だけど、収入ランキングはそれらの副収入のお陰で棋士の中では群を抜いてたりするのだ。
(なんせCM一本、たった数時間の撮影でギャラは1000万を普通に超えるらしいし…メディアの世界は桁違いだ)
開始5分前になって、僕は今日の対局相手である小松さんの前に座った。
高校2年生。
左利きらしく、碁笥を左に置いている。
深呼吸して気持ちを整える。
今後父の弟子だと名乗る機会もあるだろう。
弟子になって初めての対局だ。
恥ずかしくない一局にしようと心に誓った。
「「お願いします」」
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