●MAIN BATTLE 12●





10分後、精菜の家に着いた。


「佐為!上がって!」と精菜に中に連行される。

「お母さん、ちょっと佐為と今日の対局検討するから」

「あら佐為君、久しぶりね。ごゆっくり」

リビングから精菜のお母さんに挨拶されたので、「お邪魔します」と返事して、彼女の部屋に向かった。


「今日は土曜だからお母さんお休みなんだ。最近は土日休んでくれるようになったんだよ」

「そうなんだ。緒方先生は?」

「お父さんは泊まりでイベントの手伝い。奈良だったかな?」


精菜が部屋のドアを開けた。

彼女の部屋は3階、南向きの日当たりのいい8畳の洋室だ。

彩の部屋と違って、少し乙女が入っている。

クッションやぬいぐるみもたくさんあるし、何せベッドはレースが天井から垂れている。

もちろん部屋の中央には碁盤もあるけど。


「佐為私の部屋に来るの久しぶりだね」

「2年ぶりくらい?前は彩も一緒に来たよな」

「あの頃はまだ付き合ってなかったね…」


精菜が僕をじっと見つめてくる。

目を閉じてきたので、僕も顔を傾げ…唇を合わせた――



「――…ん……」


キスしたまま、精菜をベッドに座らせる。

僕も横に座って、啄んだりちょっとだけ舌を絡めたり、少しだけ大人のキスをした。


「……は……ぁ……――」


口が離れた後「佐為…好き」と精菜が胸に抱きついてくる。

いやいやいや、この状況はヤバイから、とすぐに体を押して離したけど。



「せ、精菜。京田さんとの一局並べてくれる?」

「いいよ…」


今度は碁盤を挟んで彼女と向き合った。



パチ…パチ…パチ…


白と黒、両方の碁笥を手元に置いて、精菜が今日の対局を並べていく。

中盤までは精菜が勝っていたけど、途中京田さんが放った悪手だと思われた一手に、思わぬ落とし穴が待っていた。

まともに受けた精菜は京田さんの意図を読みきれず、途中で形成逆転。

そのまま手立てなく終局してしまっていた。



――父の碁に似ている――



ふと、さっき父にあたってしまったことを思い出した。

あの話は真実だと分かってるのに。

父が自分の子供に同じ名前を付けたいと思う気持ちも分からなくはないのに。

自分のとった態度の子供さ加減が嫌になる。



「……佐為?」

「精菜…僕、さっきお父さんと喧嘩した…」

「え…?おじさんと?どうして?」

「喧嘩というより、僕が一方的にあたったんだけど…。何か…イライラしてて」

「佐為もついに反抗期?」


クスッと笑われる。


「佐為…真面目だから。おじさんちょっと適当なとこあるもんね…」

「だいたい何で僕を17歳で作っちゃうかな。僕には理解できないよ、お母さんが可哀想過ぎる」

「でも…うちのお父さん言ってたよ。『ある意味尊敬に値する』って」



――え?



「お父さん、塔矢門下でしょ?だから、佐為のお母さん側の事情を一番よく知ってるんだよね…」


緒方先生は母から聞いたらしい。

父がいかに母を手に入れたくて必死だったか。

付き合ってもすぐに別れてしまったら意味がない。

どうやったら母に一生側にいて貰うことが出来るのか。

碁にしか使えない脳ミソをフル活用して考え抜いた結果が――『僕』の存在だったと――



「妊娠してからも出産してからも、しばらく大変だったらしいよ。周りの目がね。うちのお父さん、絶対に真似できないって笑ってた」

「……」

「認めて貰う為にタイトル取って、取りまくって。今じゃ誰も変な噂してないもんね。京田さんみたいに尊敬してくれる人だっている。おじさん頑張ったよね…」

「そうなのかな…」

「佐為の名前、誰から取ったか知ってる?」



――え?



「ネットの最強棋士の名前、からだって」

「……」

「お父さん、怒ってた。やっぱりおじさんとその最強棋士のsaiは繋がってたのかって」

「父の…師匠らしいよ」

「俺にも打たせてほしかったって。碁馬鹿だよねぇ…」

「……」

「だから、佐為には期待してるみたいだよ?」

「え…?」



――進藤の子供だから、もしかしたらsai並みに強くなるかもしれない。


saiとは戦えなかった分、佐為君に期待するとするか――



「……」

「佐為、頑張ってお父さんの期待に応えてね」

「棋聖に勝てって…?まだプロにもなってないのに…」

「すぐだよ。きっと佐為ならすぐ追い付く。応援するね…佐為のお母さんみたいに。私も佐為の側で…」

「精菜…」


ありがとう…と、僕は滲み出る涙を必死に堪えた。

精菜のお母さんに「お邪魔しました」と言って、僕は自宅に戻った。




出た時と変わらずまだリビングにいる父に近付く。


「佐為…。あ、ごめん、呼んじゃ駄目なんだっけ…」

「いいよ、呼んでも」

「いいのか…?」

「さっきは…あたってごめんなさい。さっき言ったことは全部忘れてくれていいから」

「佐為…」

「ちょっと、身代わりにされたみたいで、嫌だっただけだから…」

「お前と幽霊の佐為は全く違うからな!確かにちょっとは…生まれ変わりだったら、とか思ったことは否定しないけど…」

「いいよ、もう。生まれ変わりでも何でも。お父さんの子供なんだから仕方ないよ」

「…ありがとう」



「僕、これでもお父さんのこと、碁に関しては尊敬してる」

「碁に関しては?」

「そう。碁、だけね」

父がちょっとだけ苦笑いしてきた。


「だから…」

「だから?」


深呼吸する。

そして真っ直ぐ父の目を見てソレを告げた。



「プロになれた時、出来たら僕は塔矢門下じゃなくて、進藤を名乗りたい」

「……え?」

「僕の為に、開いてよ」

「…門下を?」

「そう。だってお父さんは佐為の弟子なんでしょ?本因坊秀策の弟子なんでしょ?それだけで未来の世代に力を繋げる義務があるよ、絶対。その棋力を独り占めなんて駄目だと思う。だから――」

「…うん、そうだな。佐為なら…きっと賛成してくれそうだよな」

「当たり前だよ。遅いって怒られるよ、きっと」


父は笑っていた。







この日以降、僕が名乗るのは「進藤ヒカル九段門下」。


僕は後の「進藤ヒカル永世本因坊門下」となった――










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