●MAIN BATTLE 10●
藤原佐為……
本因坊秀策……
藤原佐為……
本因坊秀策……
藤原佐為……
佐為……
佐為……――
「――佐為?佐為ってば!聞いてる?」
「え?あ…ごめん。なに…?」
「どうしたの?もう打ち掛けだよ?控え室行こう?」
プロ試験7日目。
今日の相手は院生4位の麻川さん。
3位の柳さんに次ぐ実力者との対局なのに、僕はいまいち集中出来ないでいた。
打ち掛けの時間になっても、ぼーっと席に座ったままの僕を、精菜が控え室まで引っ張っていく。
「朝から変だよ?体調悪いの?」
「いや、悪くないよ。ごめん…」
「何考えてたの?」
「ちょっと……」
考えてたのはもちろん火曜日に父から聞かされた『真実』。
本因坊秀策もとい藤原佐為が、父に乗り移っていたという摩訶不思議体験談のことだ。
こんな話…信じられるものか。
幽霊なんてものが存在するはずがない。
あり得ない。
あり得ないのだが――あの状況で父が母や僕に嘘をつくとは思えないのだ。
5月5日に消えたというところまで話終えた頃には…父は泣いていた。
探しても探しても見つからなくて、絶望した父はもう打つことさえ止めようと思っていたらしい。
佐為に打たせてやればよかった。
もう打たないから、全部おまえに打たせてやるから戻って来い――そう後悔していたらしい。
「…じゃあ、どうやって立ち直ったの?」
「…見つけたから」
「佐為を?どこで?」
「…オレの向かう盤の上にだよ。オレが打つその碁の中に…佐為はいたんだ」
佐為に会う唯一の方法は打つことだったんだ――と、父はようやく理解して再スタートする決心がついたのだという。
「…オマエが初めて本因坊戦の三次予選決勝に勝った日のことだよ、アキラ…」
父が母に投げかける。
「うん…よく覚えてる。キミが僕に碁をやめないと…ずっとこの道を歩くと、言いに来てくれたね…」
「オマエ…追って来いって、偉そうに言ってくれたよな…」
「僕が前に進んでいれば、きっとキミは追いかけて来ると確信していたからね…」
「それ以降のオレは…オマエもう全部知ってるだろ」
今までオマエと打ってたのは全部佐為だった。
あの2年4ヶ月ぶりに打った名人戦一次予選の1回戦が、オレとオマエの本当の初対局だよ――と。
そう言い終わらないうちに――母は父を抱き締めていた――
「…ありがとう…話してくれて……」
「アキラ……」
「ありがとう……――」
抱擁する両親を尻目に、僕は立ち上がって自室に戻った。
母は納得していたが、僕は腑に落ちなかった。
自分の名前には、きっと父の願いが込められているんだろう。
もしかしたら佐為の生まれ変わりだったらいいのに…とか、思われているんだろう。
考えれば考えるほど――嫌気がさした。
今までそれなりに父のことを尊敬していたのに。
今はなんだか……顔も見たくなくなった……
「――佐為?本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
精菜が心配そうに顔を覗いてくる。
「…平気だよ。ちょっと考えることがあって、あんまり寝れてないんだ…」
顔でも洗ってくるよ――と控え室を後にして、トイレに向かった。
入ろうとしたところで、先客の声が聞こえて僕は立ち止まる。
その声の持ち主が、今日の対局相手だったからだ――
「どんな感じ?進藤佐為。やっぱ噂通り?」
「思ったよりたいしたことないかも」
「え?そうなの?」
「今のところ五分五分だけど、何かヌルい手多いし、もしかしたら勝てるかも」
「マジで?」
「進藤先生達の子供とは思えないね。ちょっとガッカリ」
――!!
僕は直ぐ様Uターンして、控え室に戻った。
あまりに早い僕の戻りに、精菜が首を傾げる。
「あれ?佐為、忘れ物?」
「うん…そうだね。忘れてたよ」
「タオル?」
「いや…」
――今日の対局相手
麻川さんを瞬殺するのを忘れていたよ――
NEXT