●LOST LOVE 1●







「結婚されるって…本当ですか…?」







手合いの後、オレは塔矢と碁会所で打つ約束をしていた。

オレが先に終わって、塔矢の方ももうすぐ終局だと盤面を確認してから、先にロビーに下りてきて一服しながら待っていた。

が、かれこれ一時間。

いくら何でも遅すぎだと再び上に戻ると彼女の姿はなかった――



「あれ?塔矢知りません?」

「さっき階段で緒方先生と下りて行ったよ」

「階段?緒方先生と?」


すぐに追いかけた。

三階まで降りてくると二人の声が聞こえて、慌てて足を止めた。



「僕はあなたの何なのですか?」

「師匠の大事な大事な娘さんだ」

「………」


え?

これって修羅場?

緒方さん、結婚するのか?

塔矢の奴、フラれたのか?



「アキラ君にはもっといい奴が現れるさ」


緒方さんが立ち去った後もしばらく立ちすくんだままの彼女。

いい加減待てなくなって声をかけた。


「塔矢!打ちに行こう…ぜ……」


覗き込んだ彼女の顔には、初めて見るコイツの涙が流れていた。


「…進…藤…」

「あ…いや、ごめん…。やっぱ今日はやめておくか…?」


ブンブンと頭を横に振ってきた。


とりあえず碁会所には移動出来たものの、検討どころじゃないし。

打ち始めてはみたものの、コイツの碁ボロボロだし。


「あー…やっぱ帰るか。送ってやるよ」

「すまない…」

「……」


こんな塔矢初めて。

オレも失恋とかしょっちゅうだけど、元々そんなに本気じゃない分落ち込みは小さい。

でも塔矢は、緒方先生にマジで惚れてたんだろうな。

生まれた時からの付き合いだしな。

ちょっとは付き合ったりもしてたのかな?

手の早い緒方先生だから、どこまでいってたのかとか聞くまでもないけど。

でも緒方先生もバカだよなー。

師匠の娘さんなんて手を出しちゃいけない女No.1だろ。

オレだってそう。

この永遠のライバルにだけは絶対に手を出せない。

絶対―――




「僕の……片思いだったんだ…」

「ふーん…」

「始めは遊びの女の一人でもよかった。でも関係を続ければ続けるほど我が儘になって……僕だけを見てほしくなって……」

「…そっか」

「家に…帰りたくない。あの家には緒方さんとの思い出がいっぱいあるから…」

「じゃ、ホテルにでも泊まるか?」

「…進藤も泊まってくれる?」

「は?!」

「一人だと…自殺しちゃいそうで…」

「お…おいおい。マジかよ…」



大事な大事なライバルに死なれちゃ困るし、とりあえずソレ系ではない普通のホテルに入ることにした。

ツインにして、ベッドの他にソファーも置いてある部屋に泊まることにした。

塔矢が寝静まったらオレもソファーで寝ることにしよう。

一晩寝たらコイツも落ち着くだろ。

朝にはいつもの塔矢に戻ってることを祈りつつ、彼女が風呂から出てくるのを待った。

(念のため剃刀は事前に抜いておいた)




「進藤…」

「顔洗ってさっぱりした?」

「うん…ありがとう」

「じゃ、後は寝て全部忘れちまえ」

「…うん」


大人しくベッドに入ってくれて、思わず安堵の溜め息。

オレの方もソファーに横になる。


「そんな所で寝ないで…ベッド使えばいいのに…」

「いいんだよココで」

「そう……じゃあお休み」

「おやすみ」


と言ってもまだ9時前。

寝れるわけないし、テレビをつけるわけにもいかないし、ひたすら塔矢に神経を尖らせていた。


鼻…すすってる。

また泣いてるのかな…。

オレも何人か女をフったことある。

皆…こんな風に泣いたのかな。

だったら申し訳ないな。

今度からはもうちょっと考えて付き合ったり別れたりしよう…。

歳も歳だし、次付き合う子は結婚も視野に入れて真剣に考えてもいいかも。

うん、そうしよう……






「進藤…進藤……」


「え?ど、どうした?」


うっすら寝かけた時に起こされて、慌てて体を起こした。


「大丈夫か?」

「無理……進藤……」


オレの体に抱き着いてきた。


「進藤…慰めて…」







え…?










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