●LITTLE BOY FRIEND 4●
●○●○● 絶望 アキラ ●○●○●
僕はいつから騙されていたのだろう。
僕はいつから裏切られていたのだろう。
今、さっき、恋人の浮気現場を見てしまった僕は、そんなことばかり考えながら帰路についた。
今日進藤の新しい部屋に行くことになったのは、全くの予定外のことだった。
知り合いのお葬式のため急遽帰国した母が、進藤にお土産を買ってきたんだ。
「これは進藤君によ。アキラさん渡しておいて下さる?」
「分かりました。来週会う予定なので渡しておきます」
「あら駄目よ。こっちのお菓子は賞味期限が短いの。それにこっちは進藤君の引っ越し祝いなのよ。早い方がいいわ」
だからね、今日持って行って下さる?とニッコリ微笑む母に、僕は何も言うことが出来ず渋々車を出すことにした。
進藤からは事前に住所がメールで送られてきていたので、その番地をナビにセットして、いざ出発。
今日は彼はお休みで、今日中に引っ越しの片付けを終わらすとか言っていたので、たぶん一日中家にいるはずだ。
『今から行くから』
とメールだけ打って、僕は彼の部屋に向うことにした。
信号待ちの時に、チラッと母が進藤に買ってきたお土産に目を向けた。
彼からの告白が碁会所だったこともあり、両親にはすぐに交際のことはバレた。
父は複雑そうな顔をしたが、でもそれは例え相手が誰であっても同じことだったと思う。
一方母は大喜びした。
「あら、だって男性の方が短命ですもの。これからは年下の方がいいに決まってるわ。でも結婚はだいぶ先になっちゃうわねぇ」
付き合って数日だってのに、どうしてそこまで話が飛ぶのだろうか。
というか、22の娘が15歳と付き合うのにどうして反対をしないのだろう…。
とにもかくにも、それ以来進藤とのことは両親にも公認となり、度々来ていたお見合いの話がパッタリと無くなったんだ。
(母が「アキラさんにはもういい人がいますから」と全て断ってくれてるらしい)
こういうお土産も、今日が初めてではなかった。
20分後――着いたアパートは意外と新しく綺麗だった。
「えっと…301号室だな」
お目当ての部屋に着き、少し緊張気味にチャイムを鳴らそうとした。
すると、部屋の中から声が聞こえた。
不用心だな、よく見るとドアが半開きじゃないか、後で注意しておこう。
どうせ仲のいい和谷君達でも来ているんだろうと、そのままチャイムも鳴らさずに中に入った。
だけど僕が目にしたのは、全くもって予想もしていなかった光景だった。
素っ裸な女の子と、その子の頬にキスしている上半身裸な進藤。
何だこれは……
ガタンッ
思わず手に持っていたお土産を落としてしまった。
彼らが僕の方に振り返った後、一目散にそこを立ち去った。
「アキラさんっ!待って!違うんだ!」
と進藤が追い掛けてきたけれど、一体何が違うんだ。
誰がどう見ても浮気現場だろう。
車に乗り込んで、僕は急いでアパートを出た。
進藤はまだ17歳で当然車は免許さえも持っていない。
こんな住宅地じゃタクシーだって通ってないだろう。
追い付けはしない。
ただこの動揺で事故らないよう極めて慎重に運転して、僕は家に舞い戻った――
「アキラさん?早かったわね」
「………」
無言で母の前を素通りした僕は、自分の部屋に駆け込んだ。
戸を閉めて…そのまま崩れるようにしゃがみ込む。
「はぁ…はぁ……はは…」
もう笑うしかない。
いつから僕は騙されていたんだろう……
いつから僕は裏切られていたんだろう……
段々と涙が滲んできた。
この二年間…僕らは割と上手くいっていたと思ったのに。
そりゃあ口喧嘩は日常茶飯事だったけれど…。
でも休みの度に欠かさずデートして…キスもして…。
いつもあんなに僕のことを好き好き言ってくれてたのに…。
他の子にももしかして言っていたのだろうか……
ああ…思い出した。
進藤と一緒にいた子、確か名前は藤崎あかりさん。
彼の実家の近所に住む幼なじみの女の子だ。
二年前、進藤は確か彼女に告白されたと言っていた。
もしかしたら最初から二股をかけられていたのだろうか……
「ごめんくださいっ!!」
「あら進藤君、いらっしゃい」
玄関の方で彼の声が聞こえた。
バタバタと一直線に足音がこっちに向かってくる。
「アキラさんっ!!!」
「………」
進藤が扉越しに叫ぶ。
「アキラさんごめんっ!違うんだ!あれは…っ」
「―――あれは?」
「あれは……えっと………ごめん」
言い訳することもない事実なのか、進藤の声は段々と小さくなる。
「オレ…アキラさんが好きだ。ガッカリさせたくなかったんだ。馬鹿にされたくなかったし…嫌われたくなかった…。カッコイイとこ見せたくて…、だから…だから……」
「…だから?」
「だから…だから……アイツと…練習しておこうと思って…」
「……ふざけるな」
「ふ、ふざけてなんかないっ!本当にアキラさんを失望させたくなかったんだ!それだけだよ!アイツに恋愛感情なんかない!浮気なんかじゃないからな!」
「他の女と関係を持っておいて…何が浮気じゃないだ。ふざけた自論も大概にしろ」
「も、持ってない!してないよ!本当に!練習しようと思ったけど…やっぱり出来なかったんだ!例えガッカリされても…オレはアキラさんとしか――」
「さっきから聞いていれば馬鹿じゃないのか?ガッカリ?どうして僕がキミに失望するんだ?僕だって、そんな余裕きっとない。僕だって……初めてなんだから」
「…………え?」
途端に変な声色を出す進藤。
と思ったら、いきなり力任せにスパーンと扉を開けてきた。
真ん丸な目をした彼が、僕に詰め寄ってくる。
「本当に…?アキラさん…、まだ処女なの…?」
「わ、悪かったな…」
ブンブンブンと思いっきり頭を横に振ってきた。
でもってぎゅっと…体を抱きしめられる。
「す…っげ嬉しい!そうなんだ、なんだオレ、全然悩む必要なかったんじゃん!」
「…そうだよ。練習なんて…馬鹿馬鹿しい。他の女と練習して上手くなったキミなんか…絶対に御免だ」
「……ごめん。もう絶対にしない。オレ、アキラさんとだけして上達するから…」
「………」
そんなことを今言われても…どうすればいいんだろう。
しかも徐々に彼が僕にかけてくる体重が重くなってる気がする。
このままじゃ押し倒されてしまいそうだ。
「アキラさん……オレ、来週まで待てない…。今…」
「だ、駄目!絶対に駄目だ!何を考えてるんだ!母もいるってのに…!」
「でもっ」
「でもじゃない!」
うー、と諦めきれないらしい進藤は僕を抱きしめたまま離れようとしない。
すると、まるで間を見ていたかのように、母が「アキラさん♪」と部屋を覗いてきた。
途端に僕と進藤は離れる。
「お邪魔してごめんなさいね。でももうお葬式の時間なの。留守をお願いしますね」
「え?あ…はい。いってらっしゃい…」
「進藤君もゆっくりしていってね。じゃあ帰りは夜の9時頃になると思いますから」
時間まできっちりと言い残した母が玄関を出る音を聞いてから、進藤はニッコリとまた僕に近寄ってきた。
「明子さん9時まで帰らないんだって。な、アキラさん、いい?いいよね?」
「う……」
上目遣いに可愛く懇願されて、僕はしぶしぶ首を縦に振るしかなった。
結局、18まで待てなかったわけだ―――キミも、そして僕も。
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