●LITTLE GIRL FRIEND 42●
「塔矢さん!こっちこっちー!」
「ごめんね、少し遅れて…」
「5分位いいわよ。さ、行きましょう!」
「うん」
世界棋王戦当日――僕は手合いを13時半過ぎには終わらせて、倉田さんと待ち合わせをしていた品川にやってきた。
ここから徒歩約5分。
プリンスホテル・本館の大広間で現在対局が行われている。
国際試合だから関係者も国際色豊かで、近くまで来ると色々な言葉が飛び交っていた。
「対戦表は見た?塔矢先生は中国の王仁徳九段とでしょう?いきなり大物対決ね」
「倉田先生は韓国の安太善とだったよね。宿敵対決で面白そう」
「きっと叔父さん無駄に燃えてるわね」
取りあえず一般用に大盤解説をしている広間を覗いてみた。
進藤さんは……いないみたい。
「高永夏と緒方先生の対局は見物ね。どっちが勝つかしら…」
「モニターの盤を見る限りでは互角かな…。いや、高永夏の方が少しいいかもしれない」
「そうね」
この高永夏と進藤さんがライバルで宿敵…。
二人の北斗杯の時の棋譜も見た。
僅かな差で敗れはしていたけれど……相手は今や韓国で三冠の棋士だ。
やっぱり進藤さんて素質は凄いのかもしれない…。
そして今ようやく実力も伴ってき始めた…?
「お。葵だ」
「厚おじさん!久しぶり!」
「元気そうだな。まだ囲碁部で遊んでるのか?」
「まぁね〜」
16時を回るとどんどん終局してきて、取材や検討で会場中が慌ただしくなってきた。
にしても倉田さんと倉田先生…全然似てないな。
いや、先生も痩せたら意外とそれなりの容姿なのかも?
「叔父さんは会ったことある?塔矢アキラ」
「え?!塔矢アキラ?!」
倉田先生に紹介される。
百面相でずいぶんフレンドリーな方だ。
「早く上がってこいよ!」
「ありがとうございます。頑張ります」
バシバシ豪快に背中を叩かれた。
「あ、塔矢さん。緒方先生のところも終わったみたい。覗いてみましょう」
「そうだね」
緒方さんと高永夏との対決は、接戦の末、高永夏に白星が上がったみたいだった。
緒方さん…悔しそう。
じっと見てたら、目があった。
「アキラ君。来てたのか」
「はい。惜しかったですね」
「はは…読み間違えたかな」
緒方さんが盤上の石を片付け始めた。
高永夏もそれに続く。
この人が高永夏…今の韓国囲碁界を引っ張ってる若手No.1棋士。
やけに美形だな…。
睫毛の長さが西洋人並。
「君が…‘アキラちゃん’かな?」
「…え?」
驚くことに、高永夏が日本語で話しかけてきた。
しかもかなり流暢。
「永夏は初めてか?彼女が塔矢先生の一人娘の塔矢アキラだ。今年入段したばかりだが、きっと日本の囲碁界の台風の目になる。覚えておいたほうがいいかもな」
「ふーん」
緒方さんから改めて僕を紹介された永夏は、椅子から立ち上がって――僕に握手を求めてきた。
「高永夏だ。よろしく‘アキラちゃん’」
「…よろしくお願いします」
どうしてこの人…僕のことを下の名前で、しかも‘ちゃん’付けで呼ぶんだろう。
進藤さんだけの呼び方だったのに……
「一局打たないか?君の実力が知りたい」
「え?あ…はい」
「じゃあもう少し静かなところに行こう。ここは煩さすぎる」
「…分かりました」
高永夏が僕を連れて向かった先は……会場の外だった。
え?エレベーター?
15階…って、普通の客室階じゃないのか?
一体どこで打つつもりなんだ…??
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