●LION 2●
「え!西条悠一が明日家に来るの?!」
「うん」
夕飯前、彩に西条のことを話してみた。
途端に顔を歪めてくる。
「…やだなー。明日は精菜ん家で打と〜っと」
「なんで?前哨戦しておけば?」
「イ・ヤ」
彩は早から敵意剥き出しだ。
「西条?って誰だ?佐為のクラスメート?」
夕飯の準備をしていた父が話に割り込んでくる。
ちなみに母は現在実家だ。
先月中ばに無事双子の弟妹を出産した母。
ゴールデンウィークあたりまでは実家で過ごし、今回は棋戦も秋の名人戦まで休むらしい。
「若獅子戦の一回戦で彩とあたるプロだよ。僕のクラスメートだったんだ」
「へー偶然だなぁ」
「今月から関西棋院から日本棋院に移籍してきたらしいよ」
「あ〜そういえばこの前社がそんなこと言ってたな。そいつか」
「うん。社先生と同じ門下だって」
でもこっちに越してきたから、今は師匠の仲のいい先生のところでお世話になってるらしい。
一応社会人とはいえ、まだ中1の12歳。
親の転勤に左右されるのは仕方のないことだよな…。
「ふーん、オレも若獅子戦覗きに行こうかなぁ♪彩対佐為のクラスメートなんて面白そうだし」
「え!お父さん見にくるの?やだなぁ…参観日じゃないんだからね」
彩がブツブツ言う。
でも確かに面白そうだ。
僕も父に引っついて見に行こう。
「どうせだから緒方先生も誘おうかな〜。…いや、誘わなくても勝手に来そうだな。あの人今家族サービスに目覚めちゃってるからなぁ。娘の初の大会となると、ビデオカメラ持って応援に来そうだよなぁ〜」
ぷ、確かに。
僕も彩も吹き出してしまった。
去年の秋ぐらいから突然家族サービスに目覚めた緒方先生。
休みごとに奥さんと精菜とどこかに出かけてるらしい。
おかげで研修を休むハメになる精菜の院生順位はA組の10位そこそこだ。
ちなみに彩は1位〜3位あたりをうろうろしているらしい。
力にムラがあるのはまだまだ子供な証拠だな。
でもそのムラのせいか、異様に強い日もあるから気が抜けない。
僕も10回に1回は彩に負けていた。
その日が大会と上手く重なれば…西条にも勝てるかもな。
「へー、進藤ん家って意外と普通なんやな」
翌日、学校帰りに西条が遊びに(打ちに)来た。
第一声にムッとなる。
「…普通で悪かったな」
「だって親の年収、億単位やろ?もっとデカいん想像するやん」
「広い家は掃除が大変だから嫌だったみたいだよ。母がぼやいてた」
「知ってる!塔矢名人の実家って、塔矢行洋先生の家やろ?純和風のすげぇデカい家やったって社先生が言ってた!客間もめっちゃ多くて、風呂も檜でめっちゃ広かったって!」
「今は檜じゃないけどね…」
「あ、そーなんや?」
一度行ってみたいなぁ…、おこぼれ欲しいなぁ…と西条が目を輝かせてくる。
ま、そのうちな。
「悪いな西条、今日はお父さん指導碁で千葉に行ってていなんだ」
「名人は?」
「お母さんもしばらく実家。…ワケは知ってるだろ?」
「子供産んだんやろ?先週の週刊碁に写真も載ってたもんな。進藤先生の満面の笑み付きで!」
「はは…」
「仲いいんやなぁ…進藤先生と塔矢先生。あんなにタイトル戦で争ってるのに」
「仲はいい方だと思う…けど、やっぱり対局当日の朝は口きかないかも…」
「うへぇ…」
夫婦で棋士というのはやっぱり大変だと思う。
両親みたいにタイトル戦であたりまくってたら尚更だ。
七番勝負、五番勝負の時の二人なんて、全然関係のない僕でさえ隣には居たくない。
僕と精菜もそうなってしまうんだろうか…。
…でも、不思議とならない気がするんだよな。
精菜が僕を見る目は、対局中も常に柔らかくて…温かい。
きっつい彩とは大違いなんだ。
もしかしたら精菜は本気で僕と戦う気はないのかもしれないな。
もしかしたら…プロになる気も―――
「妹は?小学生もまだ授業昼までやろ?」
「あー…彩はお前に会いたくないらしくて…」
「へ?」
今日は同級生の家に寄ってから帰ってくると思う、と言いながら僕の部屋に向かう途中。
バンッ
と突然隣の部屋のドアが開いた。
「彩…いたんだ?」
「いるわよ!今から精菜ん家に行くの!」
出てきた彩がキィっと西条を睨みつけた。
「負けないからね!!」
と言い放って、バタバタと玄関に走っていってしまった。
「あー…ごめんな。彩の奴、早から敵意剥き出しで…」
「なあ…今のが妹?」
「そうだけど?」
「めっ…」
「め?」
「めっちゃ可愛いな!!」
―――はい?
「なんやあれ!反則やん!顔ちっちゃいし目はおっきいし、睫毛長すぎやし色白やし、そのへんのアイドルよりよっぽど可愛いわ!」
「そ、そうかぁ…?」
「進藤初めて見た時も無駄に美形やな〜思てて妹もちょっと期待してたんやけど、想像以上やったわ!」
「…西条ってああいうのが好み?」
「一目惚れしてもたかも♪」
「はは…マジ?」
「なぁ、彩ちゃんはどういう男子がタイプなんやろ?」
「彩のタイプ?あー…とりあえず」
「うん、とりあえず?」
「今度の若獅子戦、何としてでも勝て」
「は…あ?」
彩の好みは母譲り。
強い奴にしか興味なし―――
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