●LION 3●





「あ。おはようございまーす、緒方先生」

「よう、進藤。佐為君も来たのか」


若獅子戦初日。

まだ時間あるし何か飲んで行こうぜ、と父に連れられ棋院の喫茶室に入ると、タバコをふかしてる緒方先生がいた。


「あれ?先生ビデオカメラ持ってこなかったんですかー?」

「馬鹿言うな。持ってくるわけないだろう」


薄笑いで否定する緒方先生だが、今朝精菜に止められしぶしぶ諦めたことを僕は知っている。

(精菜からメールが来た)



ちなみに今は本因坊戦七番勝負の真っ最中だ。

今期父に挑戦しているのが、この緒方棋聖。

二人とも昨日九州から帰ってきたばっかりだってのに元気だよなぁ…。

特に父は昨夜も一晩中、母と交代で弟妹達の世話をしていた。

目の下にクマを作ってまで見に来る価値が、この若獅子戦にあるとは思えないんだけど…。





「佐為は誰が優勝すると思う?」

注文したコーヒーを待つ間、父が今日のトーナメント表を広げて聞いてきた。

「…窪田五段」

「あれ?彩や精菜ちゃんじゃないんだ?ちょっとは応援してやれよ〜」

「院生が勝てる相手じゃないよ。窪田さんは新人王でも優勝してるし、いつリーグ入りしてもおかしくない実力者だ」

「厳しいお兄ちゃんだねー。ま、正論だけど。彩は一回戦負けかなぁ?相手の西条君、佐為が特訓してやったんだろ?」

「対彩用にね。どうしても勝ちたいって言うから…」

「なんで?」

「……」


彩に一目惚れしたらしいから…、とは父には絶対言えない。

(言ったら最後、西条は二度とうちの敷居を跨げないだろう…)


「じゃあ精菜ちゃんは?おそらく二回戦で西条君とあたるけど」

「…精菜が負ける」

「あらら」

「院生で二回戦まで勝つと目立ちすぎるからね。本当にそれだけの理由で勝てる相手にも上手く負けるよ…精菜は」


ただでさえ緒方先生の一人娘ってことで注目されてるのに。

精菜の性格上、これ以上目立つのは避けるはず。

それに、三回戦からは翌週行われる。

彩にべったりの精菜は一人だけで参加するのを嫌がるだろう。

彩が負けた相手に勝つようなこともしない。

てことで、99%負ける。

(残りの1%は西条がとんでもないポカをして勝手に投了してしまう確率だ)


「ですって、緒方先生。精菜ちゃん二回戦で負けちゃうって」

隣のシートに座っていた緒方先生に父が話をふる。

「フン、負けたら今夜は残念寿司パーティーだ」

と言って喫茶室を出て行ってしまった。

気付いたらもう開始時間間際だ。

僕と父も慌ててコーヒーを飲み干し、会場に向かった。










『互い戦ですが院生が黒を持ちます。では始めて下さい』



会場に着くと、一斉に「お願いします」の声があがっていた。

「進藤先生、来ると思ってましたよ」

「天野さん」

すぐに出版部の天野さんがカメラマンを連れて話しかけてきた。

「佐為君も久しぶりだね。今年プロ試験受けるんだって?」

「あ、はい…」

「期待してるよ。なんせ囲碁界のプリンスだからね。頑張って」

「はは…ありがとうございます」


それから父と天野さんは本因坊戦について語りだしてしまったので、僕は彩と西条のテーブルを見に行った。


プロの西条が白。

院生の彩が黒。

思ってた以上に展開が早かった。

中学に入学してからのこの一ヶ月、西条と毎日のように打ってきて、意外と早碁好きだということには気付いていた。

彩も父に似たのか打つのは早い方だ。

早碁が得意者同士の対局だからか、他の人達と比べると進行が3倍のスピードになっていた。

だけど、早碁の大会ならいざしらず、無意味なスピードアップはミスを誘うだけだ。

しかも彩は優勝優勝と力が入りすぎ、西条はよこしまな気持ちがあるからか、あがってしまって平常心で打ててない。

結果……二段と院生1位の対局だとはちょっと思えないほど、お粗末な内容になっていた。


かろうじて白がいい。

当然だ、仮にもプロだし、僕が彩の弱点をあれだけ教えてやったんだ。

負けたら許さない。



「…ひでぇ碁」



天野さんと話し終えたらしい父が、二人の盤を一目見て呟いた。

そして興味を失ったのか、さっさと隣の精菜のテーブルに行ってしまった。

それに僕も続く。

精菜の対局をずっと見てたらしい緒方先生の顔は、あくまで真顔だったけど満足げだ。

僕も内容を見てみて、すぐに分かった。

圧勝。

予想通り、精菜の敵じゃない。


「……く…」


ずいぶん長い時間長考した後、中尾初段は「ありません」と頭を下げた。



「佐為!」

「やったな、精菜。まずは一勝」

「エへへ」


父親より彼氏に先に声をかける娘に気を悪くしたのか、緒方先生はムスッとして会場を出て行ってしまった。

「進藤、付き合え」

と父を連れ去ることを忘れずに。


「彩は?どうなった?」

「うーん…」


早碁な割りには終局まで縺れ込み、結果中押し勝ちの精菜より長くなってしまった彩と西条の対局は―――4目半で西条の勝ちとなった。

今度はムスッとなった彩が、精菜を引き連れて出ていってしまった。



「西条、お疲れ」

「進藤…、な、なんとか勝ったで…」

「本当、『なんとか』な」

「彩ちゃん強すぎやって〜。ほんまに院生か?」

「お前が弱すぎなんだよ、本当にプロか?緊張しずぎだし」

「ほなって〜、可愛い彩ちゃん目の前にしたら平常心でおられへんもん」

「阿呆か」

「阿呆で結構」

「あんな内容じゃ、彩をイチコロにするには程遠いし、お父さんに認めて貰うにはあと20年はかかりそうだな」

「え?!進藤先生来てたん?!」

「『ひでぇ碁』だってさ」

「うう…」



でもその『ひでぇ碁』でも、昼からの二回戦、精菜相手に勝った。

見ていた彩は納得していたけれど。

でも僕は複雑な気持ちだった。


もうすぐプロ試験が始まる。

もちろんA組の彩も精菜も一緒に受けることになる。

精菜は…例え受かる実力があったとしても、彩が今年受からないと分かった時点で、わざと負けるんじゃないだろうか。

そんな気がしてならなかった。



あと二ヶ月。

あと二ヶ月で予選がスタートする。

両親も通ってきたプロへの第一歩を、今度は僕が通る―――








―END―










以上、若獅子戦編でした〜。
優勝してやると言っていた彩ちゃん…一回戦負けです。
帰ってからきっと荒れたと思います。(なだめるのはアキラさん)

西条君といい、オリキャラばかりですみません…。

次はついにプロ試験が始まりまーす☆