●LION 1●





四月――僕は中学校に入学した。

20年前から中高一貫教育となったこの海王中学。

母の時代、いや祖父の時代から変わらぬ白いブレザーに身を包み、僕は新しい教室へと足を踏み入れた。


「進藤、また同じクラスだな」

「よろしくなー、委員長」


小学校時代からの友達何人かが声をかけてきた。

海王小学校から中学校へは入試はあってないようなもの。

8割方が持ち上がる。

それでもクラスの桁が違うからか、半分以上は見たことのない人達だった。


委員長…か。

今年はプロ試験を受けるつもりだからクラス委員になんてなってる場合じゃない。

…のに、早速ホームルームで委員長に決まってしまった。

(なぜ推薦制なんだ…)

でもまあ、一学期を務めていればニ、三学期はならなくていいから別に構わないか。

どのみちプロ試験は7月からだしな。








「進藤!」


今週いっぱいは午前中までの短縮授業。

昼からおじいちゃん家にでも行って打ってくるか、と帰ろうとしたら肩を叩かれた。


「なぁ、急いでないんやったら一局打てへん?あ、俺、西条悠一。よろしく〜」

「…西条って、関西出身?」

「そ。親父の転勤で中学から東京やねん」

「へぇ」


話し方が社先生にそっくりだった。

マグ碁をうきうきと鞄から出してきたので、仕方なくもう一度席につく。


「西条も碁打つんだ?」

「おぅ。幼稚園の時から打ってるで。進藤もやろ?」

「そうだね…物心つく前から碁石には触れてたかな」

「棋士一家やもんな〜。羨ましいわ」

「……」


ほな俺が黒な、と早速打ち始めた。

どうやら互い戦らしい。


「…西条は囲碁部?入るの?」

「海王の囲碁部って有名やもんなー。どれぐらい強いんやろ?でも俺は入らへんで。どうせ大会にも出れんし、指導碁ばっかやったらつまらんわ」


大会に出れない?

指導碁?


「西条って…院生?」

「いんや、プロやねん」



―――プロ?



「なに驚いてんねん。自分やって今年プロ試験受けるつもりなんやろ?同じやん」

「…受かればね」

「謙遜。受かるつもりなんやろ?クラス委員を引き受けるぐらい余裕かましとうくせに」

「別に余裕なんて…」

「関西棋院でも進藤佐為は有名やったでー。だから俺、家からちょっと遠かったんやけど海王にしたねん。進藤と打ちたくて♪」

「…え?僕と?」

「おぅ。でもってクラスメートのよしみで、ちょっとはおこぼれ貰えんかな〜なんて」

「おこぼれ?」

「そ、おこぼれ。例えばお前ん家遊びに行ったりしたら、進藤本因坊とか塔矢名人と打てたり?」

「はは…」


そういうおこぼれ…ね。


西条は結局終局まで話し通しだった。

よく喋る奴だ。

それでも集中力が途切れることなく的確に急所をついてくる所は、さすがプロというところか。


西条悠一、現在二段の去年入段。

この春から関西棋院から日本棋院に移籍してきたらしい。

同級生にもプロがいるって…何か嬉しい気がした。



「う……ありません」

「ありがとうございました」


結果は僕の1目半勝ち。


「お前…こんだけ打てて何で今までプロ試験受けんかったんや?」

「…さぁ?」

「さぁ、って…。やっぱ碁界のプリンスは違うなぁ…。なぁ、妹もこんなに強いん?」

「彩?」

「俺…若獅子戦、一回戦はお前の妹とやねん…」

「え?!」


西条が対戦表を見せてくれた。

確かに一回戦は西条と彩の組み合わせだった。

彩よりかは西条の方が棋力は上だ。

彩…院生で優勝してやるって意気込んでたのに、一回戦で負けたら荒れそうだなぁ…(遠い目)

精菜の一回戦の相手は中尾初段…か。

そして二回戦で西条と彩の勝った方とあたる。


「一回戦で負けたら恥ずいなぁ…」

「一回戦は大丈夫だろ」

「…お兄様、意外と酷いな」

「それより二回戦だな。中尾初段は今年入段した高校生の人なんだけど、新初段シリーズの棋譜を見る限りでは正直たいしたことなかった。西条、二回戦で小5の院生に負けるかもよ?」

「ええ??堪忍してや〜〜!そうや進藤、俺を特訓して!俺負けるのはプロ側がいいねん!」

「……アマの僕に特訓してもらってどうするんだお前…」



とりあえず、今の対局を検討した後、もう一局打った。

そして明日は僕の家に西条が遊びに来ることになった。










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