●TIME LIMIT〜離別編〜 4●
塔矢と別れた後、一度自宅に戻ったオレは、すぐに車で新しい家に向かった。
娘の千明と一緒に。
――そう
塔矢には名前は教えなかったけど、『千明』で区役所に提出したんだ。
新しい家は都心から5時間はかかる地方の田舎。
新興住宅地って言うの?
同じような家が何軒も連なってあって、若い夫婦と子供ばかりが住んでる住宅地。
建て売りしてたその中の一つを買ってみた。
普通の3LDKの二階建て。
まるでオレの実家みたいなごく普通の家。
車だって200万しない普通の国産車に買い換えた。
木を隠すなら森の中って言うからその要領で。
なるべく目立たないようにひっそりと千明を育てるんだ。
周りが若い夫婦ばかりだから、当然囲碁なんかする奴はいない。
誰もオレのことを知らない最高の環境。
しかも幸いにもお隣りの奥さんは深入りしてこないタイプで、でも子育てに不慣れなオレに必要なことだけ教えてくれた。
子供は二人で、下の子は千明と数ヶ月違いなのでいい遊び相手になるかもな。
初めて会う近所の人から
「奥さんは?」
って聞かれると、いつも
「逃げられました」
って答えてる。
そしたら皆同情してくれて、色々お裾分けとかしてくれるからちょっとラッキーだ。
でも千明がもう少し大きくなったら何か仕事…しなきゃマズいよな?
流石に怪しまれる。
バイトでもするか。
碁…はやめたけど、こっそりネット碁で続けてる。
和谷とも数回打った。
でもやっぱり生の碁石を持ちたかったオレは、千明が保育所に行き出した後、その時間を使って家から1時間離れた碁会所を覗いてみた。
「棋力は?」
って聞かれて
「プロ七段程度です」
って答えるのもマズいし…
「本因坊ぐらいです」
って答えるのもマズいから、適当に
「そこそこ強いです」
って答えてみた。
久々の生の対局。
相手は囲碁歴30年っていうその碁会所のマスター。
互い戦で打ったら当然のようにあっさり中押し勝ちした。
手を抜いたつもりだったけどその差は異様なぐらいで、怪しんだマスターにあっさり素性がバレた。
世間には病気で静養中って公表してるから、
「静かに療養したいんです」
って言ったら周りにいたお客さんにも口止めしてくれた。
「良ければ指導碁頼めるかな?」
って聞かれたので、バイトがてらその碁会所で働くことになったり。
プロの指導碁の相場は何万もするけど、別にお金なんていらなかったので普通の時給1000円にしてもらった。
そろそろバイトしようかなって思ってた頃だし、ちょうどよかったよな。
碁会所には当然のように週刊碁が置いてあって、空いた時間に欠かさず毎回読んでる。
もちろん碁界を把握するためじゃない。
塔矢の…写真を見るためだ。
ちなみに週刊碁だけじゃなくて、アイツが載ってる雑誌は全て買い漁ってる。
たまに対談とかインタビューでオレのことを聞かれた塔矢は、いつも
『早く復帰してほしいですね。また進藤と打ちたいです』
って答えてる。
オレも打ちたいよ。
オマエに会いたい…。
塔矢…、オマエがくれた千明は順調に育ってるよ。
もうすぐ小学校にも入る。
年々オマエに似てきて…すげぇ美人になってる。
だからオレは千明が側にいるだけで、幸せな気分になるんだ…。
…もうオマエも27だよな?
結婚はまだしないのか?
恋人は?
いるんだろ?
幸せになってくれよな…――
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