●TIME LIMIT〜離別編〜 2●
「出来たみたい…」
オレの誕生日からちょうど一ヶ月後――塔矢が教えてくれた。
どうしよう。
すげぇ嬉しい。
本当に?
マジで出来たのか?!
早速一緒に病院に行くと
『6週目』
と診断された。
ん?
ヤったの1ヶ月前なのに早から6週?って一瞬思ったけど、排卵日から数えるのではなくて、前の生理が始まった時から数えるんだって直ぐに説明された。
予定日は7月の中旬だって。
すげぇ楽しみ!
でも塔矢の方は色々大変みたいで……申し訳なくなる。
産むのだってきっと並大抵の痛さじゃないんだ。
初めてのセックスが鼻に試験管を突っ込むぐらいの痛さなら、子供は鼻からスイカを出すぐらいの痛さだって聞いたことがある。
は…鼻からスイカ?!
無理だろ…。
無理。
絶対に無理!
でも女性はその痛さに耐えれるだけの力を持ってるんだって…。
だから母親って強いのかな…。
何か感動…。
塔矢がその痛さに耐えて産んでくれる子供。
大好きなオマエとの子供。
大事にするな。
立派に育てる。
幸せにする。
ありがとう塔矢…―
7月14日。
待ちに待ったその赤ちゃんが産まれた。
塔矢似だと思われる可愛い女の子。
病室で母乳を与える塔矢はすごく…母親っぽい。
…でもそれは退院するまで。
退院したら塔矢はアリバイ作りの為に渡欧する。
赤ちゃんをオレに託して…―
「じゃあ約束だから…キミにあげるね」
「うん…ありがとう」
退院した後、タクシーの中で渡された。
すごく温くて…可愛くて…思わずぎゅっと抱き締める。
「…いつ向こうに行くんだ?」
「明後日」
「そっか…。気をつけてな」
「キミは?どうやってその子を育てるつもりなんだ?」
「どうやってって…別に普通に」
「手合いの時は?キミのお母さんに預けるのか?」
「はは、まさか。母さんにいきなり赤ちゃんなんか見せたらぶっ倒れるぜ、きっと」
「じゃあ…」
眉間にシワを寄せてくる塔矢の目をジッと見て…真実を話した。
「田舎にな…家買ったんだ」
「…は?」
「そこで育てようと思ってる」
「え?田舎…ってどこ?」
「秘密」
「…そこから手合いに通うのか?」
「はは、まさか。何時間かかると思ってんだよ」
「じゃあ……どうするんだ?」
「やめる」
「は?」
「棋士はもうやめるよ」
塔矢の目が大きく見開いた。
「ふ…ふざけるなっ!!」
「ふざけてなんかねぇぜ」
「自分の立場を分かってるのか?!キミは今四冠なんだぞ?!そんな身勝手が許されるものか!!」
塔矢が大声を出したので、赤ちゃんが泣き出した。
「あー…よしよし」
「進藤…」
「…塔矢先生だって四冠で引退したぜ?」
「でもキミはまだ20歳だ。父とは…注目のされ方が違う。これからまだまだ日本の囲碁界を担っていかなくちゃならない…期待の星なんだ」
「…オマエも棋院と一緒のこと言うんだな」
「え…?」
「引退しようと届けを出しに行ったんだ。でも…受け取ってもらえなかった」
「当然だ…」
「だから取りあえず長期休暇ってことになったよ」
「長期…休暇」
「でももう帰ってくるつもりはない」
「……」
「…塔矢?」
彼女の頬に涙が零れてる…。
「…じゃあ…もう僕とは…打ってくれないのか…?」
「…かもな」
「子供を育てる為に…僕を捨てるのか?」
「オレをフったのはオマエだぜ?」
「子供なんか産むんじゃなかった…」
塔矢が赤ちゃんを睨み付けてくる。
違う。
違うんだ塔矢。
そうじゃない。
子供のせいじゃない。
むしろこの子は…オレに生きる気力を与えてくれた…。
「…塔矢、オレはたぶんこの子が産まれなかったら……自殺してたと思う」
「…え……?」
「オレはオマエが他の男のものになるところを見るぐらいなら…死んだほうがマシだってずっと思ってた…」
「……」
「でもオマエがこの子をくれたから……何とか気持ちを落ち着かせれてる…。バカみたいだろ…?バカみたいにオマエが好きなんだ…。オマエにしてみればいい迷惑だよな…」
「そんなこと…。気持ちは嬉しいよ…」
「ありがと…。それで十分…」
まだまだ話したかったけど…もうお別れの時間だ。
塔矢が明後日まで滞在するホテルに着いてしまった。
「進藤…」
「元気でな」
「……」
塔矢と荷物を降ろしたタクシーがホテルを出る。
オレと塔矢の別れ。
……でも
また…会えるといいな。
いつか…――
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