●TIME LIMIT〜離別編〜 10●


気分転換に外の空気を吸いに行った帰り、小さな女の子が二人棋院に入ってきた。

私の娘より少し上かな?

小学校低学年ぐらい?

目が合ったのをいいことに、話しかけてみた。


すると

「塔矢アキラに会いにきたの」

だって。


ファンなのかな〜?と思ったけど違ったみたい。

知り合いなんだって。

よく見ると一人は塔矢にそっくり!

妹?!

いとこ?!

むしろ娘?!

……とか一瞬で色々考えたけど、無難に

「いとことか?」

って聞いてみた。

だって塔矢は元名人の一人娘だから妹がいる説は消えるし、独身だから娘の説も却下…だもん。


案の定

「そんな感じ」

だって。


でも残念。

塔矢は今手合い中。

あと2時間はかかるかな〜?


そう言うと

「待ってます」

だって。

ここで。

ロビーで。

ずっと。

家で待てばいいんじゃ…と思ったけど、一緒に帰る約束だったのかもしれないしね。


いいよ。

塔矢に伝えてあげる。

名前は?



「進藤千明」



一瞬世界が止まった気がした。

進藤…?

進藤って…進藤ヒカルの進藤?

何その進藤と塔矢の名前を掛け合わせたような名前…。

もしかしてあんた達の娘?!


とか思ったけど……そんなわけないわよね…?

でもこの子の顔を見る限りでは100%否定するのは難しくて……慌てて6階に戻った。

すると和谷がちょうどトイレから出て来たので引き止めてみる。



「…は?奈瀬…今、何て?」

「だから下に来てるのよ!塔矢の顔した進藤って子が!」

和谷も大きく目を見開いた。

「ど、どういうことだよ?!」

「知らないわよ!私が思うには…二人の子供なんじゃないかって…」

「進藤と塔矢の?!ありえねーっ」

「私だって信じられないわよ!でも名前が進藤千明って言うのよ?!いかにもって感じじゃない?」

「………確かに」


和谷も手合いを放って、1階に急いだ。

見つからない角度から隠れて女の子の顔を伺ってみる。


「げ…っ、マジ似てる」

「でしょ?!」

「えー…でも塔矢の奴いつ産んだんだよ…」

「見た感じ…7、8歳だから…8、9年前…?」

「進藤が失踪したあたり…だな」

「でしょ?!ますます怪しいでしょ?!」

「そういやあの頃って確か…塔矢も留学してたよな?」

「きっとその留学中に産んだのよ!」

「……なるほど」


昔から異様なほどお互いを意識し合ってた進藤と塔矢。

付き合ってたなんて噂は聞いたことがないけど……ありえない話ではない。

二人だって所詮はただの男と女だし。

いつの間にか気持ちがただのライバルから恋愛感情に昇華したのかもしれない。


「塔矢にこのこと言ったのか?」

「まだ…。だって塔矢今日5階だし…入りづらくて…」

「そうだな…。じゃあ俺らもさっさと手合い終わらして、塔矢が終わり次第伝えようぜ」

「そうね」


それから1時間後。

私の相手は今期入段したばかりの女流の子だったから、あっさり中押し勝ち出来た。

和谷もちょうど終わったみたいで、一緒に塔矢のいる5階に向かう。

覗いてみると塔矢の盤面も終局に近付いていて――10分後、塔矢の白星で決着が着いた。

直ぐさま検討を始めようとする塔矢を慌てて連れ出して、人気のない方へ連れていく。


「な、何?和谷君に…奈瀬さんまで…」

「『何?』じゃないわよ!一大事よ!!」

「え?」

「下のロビーにね、塔矢を尋ねて女の子が来てるのよ!」

「女の子…?誰?」

「名前がさ…進藤千明って言うらしいぜ」

「…え…?」

塔矢の目が大きく見開いた。


「進藤…千明…?」


突っ立ってしまった塔矢の背中を押して、エレベーターに乗せる。



チン



開いたエレベーターの方に、その女の子が振り返った。

女の子も友達に背中を押されて塔矢の前に連れてこられてる。

1mあけて対面した二人。

女の子の第一声はもちろん


「お母さん…?」


だった…――
















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