●TIME LIMIT〜離別編〜 1●


どうして私は娘を置いて夫と外国になんかいるのかしら。

娘の一大事なのに。

でもその一大事を娘は話してくれない。

私って母親として失格なの?

だから話してくれないの?


ねぇアキラさん…。

あなた妊娠してるんでしょう…?








始めに気がついたのは10月の初め。

アキラさんが真っ青な顔をしてトイレから出て来た時。

お腹を押さえて…ね。


最初はお腹の調子でも悪いのかしら?

生理痛が重いの?

…ぐらいにしか思ってなかった。

だけどトイレを覗いて……あることに気付いたのよ。


そういえばアキラさん、このところ折物を捨てるゴミ箱…使用してないわね…って。

いつもなら月末あたりからちゃんと……。


その瞬間私の脳裏を横切ったのは

『妊娠』

という言葉―。


先日の進藤さんの一件を見てしまったから…ますます疑いが強まったわ。


でもすぐに北京に帰る日が来ちゃったから…一旦は私の中で保留にしたの。

アキラさんを信用してたからよ。

そして進藤さんもね。

確証はまだないけど、でももし妊娠してたとしても自分達で何とか出来るでしょう?って。

19歳はもう大人よ。

だから私と行洋さんも安心して家を任せて外国に行けるの。




次に帰国したのは年末。

年が明ける少し前。

結局私の思いすごしだったのかしら?

相変わらずひたすら碁に打ち込むアキラさん。

全然何も言って来ないし…きっと思いすごしだったのね。

それか進藤さんと相談して…既に中絶済みとか。

あまり好ましくないけど、二人がそうするって決めたのなら仕方ないわよね。

まだまだ若いし、囲碁の方も伸び盛りですものね。

親がとやかく口を挟むことじゃないわ。




年が明けて今度は台湾に飛び立った私たち夫婦。

再び我が家に帰ってきたのは3月下旬。


……あら?

アキラさん…少し太った?

お腹の辺りにお肉がいっぱい付いてるわよ?


……待って。

何だか肥満とは少し違う気が…。


ああん、もう!

ぶかっとしてるお洋服を着てるからいまいち分からないわ!


でも服装を変えたってことは……そういうことなの?

妊娠…本当にしてるの?

してるのね?

進藤さんにはちゃんと言ったの?

何て?

結婚はしないの?

まさかシングルマザーになるつもり?

耐えられなくなった私は……ついに聞いてしまった。


「アキラさん、あなた…もしかして妊娠してる?」


途端に顔が強張るアキラさん。

これは……してる顔ね。


でも…―

「してません…」

と返してきた。


「そう…」

としか言い様がなかった私。

だって

「じゃあそのお腹はなに?」

なんて問い詰めたらすごく酷い親みたいじゃない。

それに嘘つくにはそれなりに理由があると思うの。

してないって言うからには少なくとも私たち親の手助けは必要ないってことよね?


いいわ…。

あなたのしたいようにしなさい。

行洋さんはそういうことに鈍い人だから…たぶん気がついてないでしょうし。





4月中旬。

韓国に移動した私たちの元にニュースが流れ込んできた。


『塔矢アキラが長期休暇を願い出た』

って。


私は理由は知ってるけど、驚いた行洋さんがすぐに日本に連絡してたわ。

棋院とアキラさん本人に。


『留学』

ですって。


まあ…アキラさんは昔から語学に興味があったから、もっともらしい理由ね。

渡航先を欧州にしたのはそう簡単に知り合いが来れないように…かしら?

でもたぶん渡欧はしてないわね。

子供が産まれるまでどこかに身を隠すつもりなんでしょう。

身軽になるまで…私にも会わないつもりなのね。

一人で産むつもりなの?

進藤さんは?

せめて進藤さんだけにはちゃんと真実を話さなきゃだめよ?

それに産まれてきた子供はどうするの?

私たちに隠れて育てるのはいくらなんでも無理よ?

もしかして…里子に出すの?

嫌よそんなの!

絶対に嫌!

アキラさんが育てないんだったら私が育てるわ!


でも私には何も話してくれないアキラさん…。

きっと私が母親として失格だからね…。




8月下旬。

アキラさんがもっともしい格好をしてついに帰ってきた。

もちろんお腹も元通り。

赤ちゃんの姿もなし。

覚えたてのドイツ語を話してくれて、お土産までくれて、まるで本当に留学していたみたい。

あのお腹は幻だったのかしら…って記憶を疑ったわ。


アキラさん…。

いつか…本当のことを話してくれる?















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