●LARGE FAMILY●
女なら誰しも憧れの女性というか、目標にしている女性が一人はいるらしい。
それはたいてい学校や職場の先輩だったり、芸能人や有名なファッションモデルだったり。
あるいは自分の母親という人もいるかもしれない。
こういう人になりたい。
近付きたい。
真似をしたい。
そう思うのはごく自然なことだ。
だけど塔矢アキラのその『憧れの女性』はちょっと変わっていた。
変わっていたというか…昔の人だ。
時は18世紀。
ヨーロッパを牛耳るオーストリア帝国の女帝。
名門ハプスブルク家の『マリア・テレジア』だ。
国母として国民から慕われ、女王として政治もこなす上で、子供達の母としても立派な存在だった彼女。
現代で言えば仕事と家庭を両立している女性。
塔矢アキラが憧れるのも無理はないと言えば無理はなかった。
ただ問題だったのは塔矢が完璧主義だったってことだ。
マリア・テレジアが初恋の人と結婚したのは19歳。
当然塔矢も同じ歳で結婚した。
相手はもちろん塔矢の初恋の人――進藤だ。
ここまではいい。
だが問題はその先――
「塔矢な、子供がたくさん欲しいんだって」
「ふーん。いいんじゃね?お前も子供好きだし、お前ら金持ちだし、いっぱい作っとけば?」
「うん、頑張る」
…俺はこの時どうして反対しておかなかったのか……後になって思いっきり後悔した。
塔矢は完璧主義。
憧れの人と同じ数だけ子供を欲しいと思うのは推測出来たはずなのに―。
マリア・テレジアが生涯に産んだ子供の数は16人。
――そう
『16人』
だ!!
「…いけね。今日締切の書類の見本、進藤に貸したままだった。ちょっと返してもらってくる」
「うん、いってらっしゃーい」
妻に見送られて家を出た後、向かった先はもちろん進藤の家。
俺ん家からは車で10分ぐらいだ。
その移動中の10分間で……俺は溜め息を何回も吐く。
あまり気が進まない…。
つーか行きたくない…。
進藤と塔矢が結婚して早10年。
既に8人の子持ちのアイツら。
(おまけに塔矢は現在9人目を妊娠中)
遊び盛りの子供達は……当然来訪客をターゲットにする。
「あ、和谷のおじちゃんだ。こんにちは」
「こ…こんにちは。お父さんいるかな?」
「ううん。今ね、弟妹たち3人とお買い物に行ってるよ。明日幼稚園が遠足なんだって」
「じゃあ…お母さんは?」
「まだお仕事」
「そっか…。じゃあ待たせてもらってもいいかな?」
「うん!おじちゃん私と遊んで!」
ぐいっと手を引っ張られてダイニングに連れて行かれた。
途中遠くで赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
――そう
『遠くで』だ。
3年前に進藤が新築したこの家は、300坪というバカ広い敷地に建つ20LDKのバカデカい家だ。
土地だけでうん億。
俺には一生かかっても払え切れない額だったってことはよく覚えてる。
テレビでたまに大家族を特集している番組を見かけるけど、進藤家はその番組で見た家族とは少し……いや、だいぶ違っていた。
進藤も塔矢も今や碁界のトップ棋士。
当然のように常にタイトルを2つ3つ持ってるアイツらは、手合いや仕事のスケジュールがものすごい。
ぶっちゃけ…子供にかけれる時間は俺ら一般の棋士よりはるかに少ないんだ。
じゃあどうやって8人も育ててるのか。
それはもちろん塔矢の敬愛するマリア・テレジアと同じ子育て方針をとってるからだ。
つまり…何人もの家政婦・ベビーシッターを雇ってるってこと―。
「和谷おじちゃんはコーヒー濃いめだったよね?」
「うん」
「だって。市河さんお願いv」
「はーい」
昔は塔矢先生の碁会所で受付をしていた市河さん。
今はこの進藤家で、まるで大奥総取締役みたいな役割を担っている。
つまり家政婦さん全員を総括しているわけだ。
「おじちゃん早く早く!」
「はいはい」
8人兄弟の3番目で、次女にあたるこの子にせがまれたのはもちろん対局。
碁が遊びになってるなんて、流石は進藤と塔矢の娘といったところだろうか。
「あ、和谷おじさんだ!僕も打ちたい!」
「あたしも〜!」
「………いいよ」
小学校から帰って来たばかりの長女と長男にも見つかってしまい、何時間にも及ぶ多面打ちをしぶしぶ打ち始めた。
…進藤ん家に来るといつもこうだ。
ちょっと寄っただけでも何時間も足止めをくらってしまう。
早く進藤帰ってきてくれ〜!!
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