●DUPLICATE KEY 1●


「塔矢コレ、鍵」

「え?」

対局の休憩時間、進藤が突然来て有無を言わさず僕の手の中に鍵を押し込んだ。

「ゴメン、今日急に和谷と森下先生のウチに行くことになっちゃってさ、先に帰っといて」

「あー…じゃあ今日はもう打つのやめておく?」

「えー、オレ打ちたいー。なるべく早く帰るからさ、待っといてよ」

「……分かった」

そう言うとニッコリ笑って進藤は和谷君達の方に戻っていった。

思わず渡された鍵をじっと見つめてしまう。

これは進藤の部屋の鍵。

彼は今年の春から家を出て、一人暮らしを始めていた。

それ以来、囲碁サロンではなく、彼の部屋で打つのが僕の日課になっている。

いや、日課ではないな。

週に3、4回程度だ。

でもいつもは進藤と一緒に帰ったり、彼の在宅中に僕が訪ねていったりしてるから、僕が先に帰るのは初めてだったりする。

帰る…ていう表現はおかしいか。

別に一緒に住んでるわけじゃないし―。

でも対局や検討に夢中になっていて終電を逃してしまい、泊まったことも何度もある。

最近じゃ次の朝家に戻るのが面倒だから…と、着替えやスーツもいくらか進藤の部屋に置きっ放しだ。

これってもしかして半分同居してるようなものかな?



――対局の後、一度家に戻ることもなく進藤のマンションに直行した。

彼は棋院から数駅離れた所にある、静かな住宅街のマンションに住んでいる。

初めて連れてこられた時は正直ビックリしたものだ。

あまりにも進藤っぽくなかったから…。

彼のことだから和谷君家みたいにワンルームのアパートを借りるのかと思っていたのに―。

もっとも今の彼の収入を考えると、このマンションもさほど不思議じゃない。

でもその進藤っぽくないお金の使い方に僕は驚いてしまった。


マンションの玄関は番号式のオートロックで、部屋番号を押した後に暗証番号を押すようになっている。

「1112…1214っと」

一緒に帰る度に教えこまれた僕は当然その番号を知っている。

だけどこの暗証番号。

1214…。

ど、どういう意味なんだ?

なぜ僕の誕生日?!

「だって自分の誕生日はダメって言われたからさー」

だからって何で僕のに?!


マンションの中に入ると広いエントランスがあって、ホテルのロビーのような造りになっている。

2階までは住居部分はなく、ロビーは吹き抜け、他に管理室を始めトランクルーム、ランドリー・スペースなどが入っているらしい。

エントランスを過ぎると次はエレベーターホールがあって、両脇に3つずつ計6つのエレベーターが用意されている。

おかげで僕はこのマンションでエレベーター待ちをしたことがない。

ボタンを押すと常にどこかのドアが開くのだ。

進藤の部屋は11階。

エレベーターを降りてから右に行った一番奥の部屋だ。

この廊下も少しカーブになっていて、一直線の長い廊下にも関わらず、隣の部屋の入口でさえあまり見えなかったりした。


ガチャ


室内に入ると少し広めの玄関ホールがあって、玄関から死角になった左奥に廊下がある。

右手にトイレ、バスルーム、左手に寝室、そして奥のドアの向こうがLDKだ。

そう…このマンションの外観も進藤っぽくないんだけど、この部屋自体も10代の男の一人暮らしっぽくない。

奥のドアを開けるとそれは一目瞭然。

まず目に飛び込んでくるのはリビング。

ここでいつも碁を打ってるわけだけど、真っ白な二人掛けのソファの前にガラステーブルがあって、その両脇にお揃いの一人掛けソファが二つ。

そして壁に面してボード、その上にハイビジョンの大きなテレビ。

カーテンの色は床より少し淡い目のベージュで、壁も白いことから全体が白と茶の二色で統一されていて、まるでモデルルームのような錯覚に陥る。

…もっとも実際にモデルルームを参考にしてるんだけど―。

実はこの家具類を選んだのは僕だったりする…。

引っ越しの一ヶ月前ぐらいから僕は進藤の新生活の準備に連れ回されていた。

「どんなのがいい?」

「どんなのが好き?」

と常に僕に聞きまくる進藤に、

「キミの部屋なんだから、自分が好きなのを選べばいいだろ」

と返していた。

なのに進藤が

「こういうのってオマエの方が趣味いいし」

とか言うから、調子に乗って色々選んでしまった。

しかも進藤が僕を連れて行ったのがモデルルームやらインテリアショールームだったりしたから、こんなに不釣り合いなものを選んでしまったんだ。

僕は僕で今まで和風の家具類しか縁がなかったものだから…つい張り切ってしまった。

リビングの隣にはダイニング、リビングからは死角になっているその奥にキッチンがある。

そう…。

台所ではなくキッチンって言った方がしっくりくるぐらいの大きな台所だ。

ほとんど料理のしない進藤には無用の長物と言っていいほど。

だからそれもまた何か勿体なくて、僕がたまに夕食を作ったりして使ってあげている。

食べるのはダイニングのテーブル。

1メートル四方の大きなテーブルには4つのイスがあって、たいてい向かいあって僕たちは食事を取る。

和谷君達が遊びに来たときは4つとも全部使ったりするのかな…とか思っていたわけだけど、一週間前に僕は信じられない会話を耳にした。


「なぁ、進藤ってもう引っ越し済んだのか?」

「知らなーい」

「え?アイツ一人暮らし始めるのか?」


…そう、彼は他の友達には既に一人で暮らしてることを内緒にしていたのだ。


「和谷、何か知ってるー?」

「進藤のこと?アイツ何にも言わねぇからオレも知らないぜ」


しかも和谷君にまで!

何の為に?

一体キミは何がしたいんだ?!

何で僕だけをこんなに家に招くんだ?!





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