●JOINT QUALIFYING 4●





「何や進藤、昨日棋院の近くでやらかしたらしいやん」

「何で知ってるんだよ…お前…」


翌日、学校に行くと待ってましたと言わないばかりに西条が話しかけてきた。


「院生の受験生の中には同門の奴もおるけんなぁ」

「はぁ…やっぱ棋院の前はヤバかったよなぁ」

「で?緒方精菜と付き合いようってホンマなん?」

「……まぁな」

「マジか〜。緒方先生も知っとるん?」

「…どうだろ」


精菜が親に話すとは思えないけど。

でもどのみち今回のことが広まったら否応なしに緒方先生の耳に入るだろう。

はぁ…気まずい。

(しばらくおじいちゃんち行くのやめておこうかな…)









9月24日土曜日。

待ちに待った精菜との対局の日。


「…はよー、佐為」

玄関で出発する準備をしていたら、父が起きてきた。

「おはよう。僕もう行ってくるね」

「精菜ちゃんとだよな。頑張れよ」

「うん」


目の下にクマがある父。

きっとあんまり寝れてないんだろう。

昨夜、名人戦の第二局が行われた大阪から両親は戻ってきた。

二局目も母の勝ち。

2連敗して次敗けると後がない父はどことなく元気がない。

尤も、先週棋聖のSリーグは1位通過したし、碁聖の挑戦権にも王手をかけた。

不調という訳ではなさそうだけど。

ちなみに母は今度は女流本因坊の防衛に今朝また東北に出発した。

忙しい両親だとつくづく思う。


「行ってきます」

「お〜。頑張れよ。あ、でも精菜ちゃんが勝ったらキス出来るんだろ?それもいいよな♪」

「なっ…!」


ななな何でこの親父まで知ってるんだ…!

(まさか棋院中の人が知ってるのか?!)


「オレも第三局勝ったらアキラにキスしてもらおうかなぁ〜。やる気出るよなぁ〜」

と一人ニマニマしている父から逃げるように僕は家を出発した。











「あの…、佐為、この前はゴメンね…」

棋院に着くと、ロビーで僕を待っていてくれたらしい精菜が駆け寄ってきた。

「おはよう、精菜。気にしてないよ。僕の方こそごめん」

「場所を考えればよかった…」

「まぁな」


僕らが一緒にいるのを見て、横を通りすぎた他の受験生がヒュウと口笛を鳴らす。

精菜は今にも泣きそうだ。

僕も正直泣きたい…別にファーストキスを賭けてる訳でもないのに、何でこんなにいじられなきゃならないんだろう…。

勝っても負けても結局色々噂されそうだ……







開始5分前、僕と精菜は碁盤を挟んで向かい合って座った。


「初めてだね…佐為とこんな対局」

「ああ」

「私が勝ったら、約束守ってね」

「僕が勝ったら、精菜も約束守れよ」



「「お願いします」」





精菜が初手を16の四に打つ。

続いて直ぐさま僕が4の十六に打った。


この合同予選は持ち時間が一時間しかない。

精菜と真剣勝負で打つには正直言って全然足りない。

それでも彼女が今持つ棋力を最大限に発揮して、僕に何の遠慮もなく打ってきてる姿を見ると、それだけで感無量な気がした。



精菜と初めて会ったのは、記憶がないくらい遠い昔。

というかまだ彼女がお腹の中にいた時に、僕はそのお腹を撫でたことがあるらしい。

産まれて数日後には、母と一緒にその赤ちゃんを見に行った。


「緒方さんに似てなくてよかったですね」


母は緒方先生にこんな冗談を言ったらしい。

確かに精菜は母親似だ。

でもこの碁盤の向こうにいる彼女は、間違いなくあの緒方棋聖の娘だと実感する。

(先生と棋風が似てる…。こんな精菜初めてだ)


読みがめちゃくちゃ早い。

間髪いれず的確に何十手も先を読んで攻めてくる彼女に、正直冷や汗が出る。

結構な勝負手を打っても、見事なまでにかわされて。

明らかに彩より棋力は上。

もしかしたら三段になった西条より上かもしれない。




しばしの攻防の末、チラリと精菜が僕の顔を見てくる。

…そうだな、このままいくと、僕の2目半負けだ。

普通ならここで投了する人も多いだろう。



――でも


僕は精菜の弱点を知っている。

小さい頃から一緒に打ち合ってる僕だから知ってる彼女の弱味は終局に近付くにつれ現れる。

ピーっと対局時計が鳴り始めた。

僕も精菜も持ち時間を使いきって、一分の秒読みが始まる。



さぁ、長いヨセ勝負の始まりだ――








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