●JOINT QUALIFYING 3●
「――え?葉瀬中?」
「うん。今日の一局目の院生の子、葉瀬の一年生なんだって。で、まだ囲碁部あるみたいだよ」
「マジ?!うわ〜今度筒井さんに会ったら絶対教えてあげよう!」
いや、今すぐメールしよう、と父は携帯を取り出した。
夕飯の時間にもなると、父はいつもの父に戻っていた。
きっと反省したんだろう。
僕が口出しすることじゃないけど、一般的に考えて、既に4人も子供がいるのにまだ30歳と若い母だ。
おまけに相手はこの父だし、自己防衛を考えても仕方がないんじゃないだろうか。
僕もこれ以上兄弟が増えるのは嫌だしなぁ…。
「え!」
父が携帯を見ながら叫ぶ。
「筒井さんが葉瀬中の囲碁部の顧問なんだって!そっか、筒井さん国語の先生になったって言ってたもんなぁ」
「お父さん、筒井さんって誰〜?」
彩が父に尋ねた。
「オレの中学の時の囲碁部の先輩。懐かしいな〜今度指導碁行ってあげようかな〜。アキラも一緒に行こうぜ〜」
「…何故僕が葉瀬中に行かなきゃならないんだ。縁もゆかりもないのに」
「でもオマエ、2回も来たことあるじゃん」
「あれはキミに会いに行ったんだ」
「だよな〜。わざわざオレに会いに来てくれたんだよなぁ。海王の制服着たアキラ超可愛かったもんなぁvv」
父が当時を思い出してニマニマしている。
母は何しにわざわざ他校に行ったんだろうかと、ちょっと気になった。
(この辺りの二人の馴れ初めはあんまり聞いたことないんだよな…)
でも祖母や芦原先生が、最初は母が父を追いかけてたとか言ってたから、あらかた葉瀬中にも追いかけに行ってたんだろうな。
だけど海王の女子の制服は(男子もだけど)近隣の学校の中ではかなり目立つ。
めちゃくちゃチャレンジャーだよな…。
「じゃ、佐為一緒に指導碁しに行こうぜ!」
「海王の囲碁部にも行ったことないのに、そんな失礼なこと出来ないよ。それに僕はプロ試験に集中したいから無理」
「あ、じゃあ私行こうかな♪私の試験来月まで始まらないし」
「おー!じゃあ彩一緒に行こう!筒井さんに連絡しとこ〜っと♪」
父と彩は似た者同士、また勝手に盛り上がっていた。
翌週、名人戦挑戦手合七番勝負が幕を開けた。
第一局の会場は都内のホテル。
両親は前夜祭の後も一度家に戻り、当日朝にまた会場へと向かって行った。
僕は学校があったけど、休み時間になる度に携帯で速報サイトをチェックしていた。
「にしても進行早いなぁ。持ち時間8時間の打ち方やないで」
西条もマグ碁で並べていた。
「そうだね…。二人ともこの日を心待ちにしていたから」
「そうなん?家でいつでも打てるやん」
「家で打つのとタイトル戦は全く違うよ。西条だって、勉強会で打つのと手合いは違うだろう?」
「まぁな〜」
僕だってそうだ。
例えあの両親や祖父が相手だとしても、家で打つのと、プロ試験は全く違う。
意気込みが違う。
翌日、5時間目が終わって携帯をチェックすると、既に対局は終わっていた。
母の1目半勝ちだ。
「名人がまずは1勝やな。次は大阪やった?」
「うん。その次は岐阜」
そして石川、熱海、兵庫…とどちらかが4勝するまで続く。
「決着する頃には、進藤もプロ試験の本戦の真っ最中やな」
「まだ予選も終わってないよ」
「予選や余裕やろ?お前知っとうか?この前手合いに行った時、他のプロ連中が言いよん聞いてもたんやけどな。お前のプロ試験、賭けの対象にされてるらしいで」
…え?
「もちろん、受かるか落ちるかやない。全勝するか、しないかや」
「……」
「期待されとうなぁ。ま、頑張りよ」
「…もちろん」
全勝するか――しないか。
全勝するにはもちろん、まずは予選最終局で精菜に勝たなければならない。
彼女とやっと本気で打てる。
僕も両親と同じく、その日を心待ちにしている。
「ついに来週は佐為とだね」
父の誕生日を2日後に控えた今日で、合同予選は最後の一局を残して全て終了した。
ここまで全勝。
精菜も全勝。
ついに来週どちらかが星を落とす。
「負けないから」
「うん、僕も」
いつものように一緒に棋院を後にして、僕の家へ検討しに向かう。
精菜の足が坂の途中で突然ピタッと止まる。
「精菜?」
「…もし私が勝ったら、キスしてくれる?」
「…盤外戦はやめよう」
「いいじゃない。だって佐為…最近全然してくれないし」
「そうだった?」
「そうだよ。中学入ってからしてくれたことない…」
そう言われると…そんな気もする。
最近プロ試験のことしか頭になかったからなぁ。
「中学入ってから佐為となかなか会えなくて…私辛かった…」
「え…?」
「お父さんに引っ付いて塔矢先生の家に行っても来てないこと増えたし、家に遊びに行っても、彩から西条プロの家に打ちに行ってるって何度も聞かされた…」
「…ごめん。西条はプロだし…打てば打った分だけやっぱ勉強になるから」
「私が何でわざと院生順位下げたか…佐為分かってる?」
「――わざと?」
「そうだよ、私わざと順位落としたくて研修休んでたんだよ。佐為と一緒に予選受けたくて。予選受けたら毎週末絶対に会えるからだよ!」
いつも冷静沈着な精菜が声をあげて叫んだ。
僕は驚きを隠せなくて呆然と立ち尽くす。
「なのに佐為、真剣に打たないと別れるとか酷い!私はいつも真剣だよ!佐為が好き!付き合ってるならキスくらいしてよ!」
精菜が走り出した。
最後は泣いてるみたいだった。
慌てて追いかける。
「精菜っ!待てって!」
ようやく駅のホームで彼女の腕を掴んで捕まえる。
「何で女の子にこんなこと言わすの?!」
「ごめん、僕が悪かった」
「悪いと思うならもっと私のために時間取って!」
「分かったから。精菜が勝ったらキスしよう。その代わり僕が勝ったら――――」
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