●JOINT QUALIFYING 2●
合同予選1日目が終わった。
外来予選の時と同じ1日2局。
昼からの2局目も中押し勝ちし、僕は精菜が終わるまで控え室で待っていようと彼女の席の方を振り返ると――精菜の姿はなかった。
「あ、佐為。お疲れ様」
「精菜…」
控え室に行くと、リュックも背負って既に帰る準備万端で携帯をいじってる彼女がいた。
今日の彼女の2局目の相手は外来から上がって来た大学生の笹野さん。
確かに僕も楽勝で勝った相手だけれど……それにしても早すぎる。
「弱すぎだよぉ。私途中で飽きちゃった」
よくあんなんで外来予選通ったよね、と何気に酷いことをサラリと言う彼女に驚いた。
「あ。並べる約束だったよね。佐為のおうち行ってもいい?」
「…いいよ」
やっぱり本気の精菜はかなり強敵かもしれない…と本気で思った。
ちなみに僕と彼女の対局は9月24日――最終日最終対局だ。
「ただいまー」
「お邪魔します」
家に帰ると、リビングはシーンと静まり帰っていた。
あれ?父も母も今日は家にいるはずなんだけどな…。
弟妹連れて散歩にでも行ったのかな、と思って二階に上がると――母の部屋から何やらいがみ合う声が聞こえてきた。
「はぁ?!くくった?!くくったってどういうことだよ!!」
「その言葉の通りだよ。帝王切開だったからついでに処置してもらった」
「何で?!何でオレに内緒でそんな大事なこと勝手にしちまうんだよ!!」
「キミに言うと絶対反対されるだろう?」
「当たり前だろ!!オマエ自分が何したのか本当に分かってんのかよ?!」
「もちろん。後悔はしていない」
「…くそっ、もう知らねーよ!!オマエなんかっ!!アキラのバカ!!」
バンッ!!と父が乱暴にドアを開けて出てきた。
僕と精菜は固まったままだ。
「…あ、佐為。お帰り。精菜ちゃんも。ごゆっくり」
階段を降りていく父の顔は前髪でよく見えなかったけど……目には涙が滲んでるようだった。
「佐為のおじさんとおばさんも喧嘩するんだね…」
「まぁ…しょっちゅうね」
両親の会話の意味が分からなくて、僕は携帯で即座にググる。
表示された検索結果を読んで(ああ…そういうこと)と理解する。
続いて母も部屋から出ていた。
「佐為お帰り。勝った?」
「うん…。お母さん、お父さん大丈夫…?」
「さぁね。いつまでも子供で困るよ…」
「……」
「精菜ちゃん、ゆっくりしていってね。彩ももうすぐ実家から戻ると思う」
「あ、はい…ありがとうございます」
僕は精菜の腕を掴んで逃げるように自分の部屋に急いだ。
彼女と碁盤を挟んで座って、深呼吸。
心を落ち着かせる。
「佐為…大丈夫?」
「平気。いつものことだし。二人とも名人戦が近いからちょっといつもよりピリピリしてるんだ…」
「ちょっと…?」
「いや、かなりかな?長引かないといいけど…」
「来週から始まるね…名人戦。どっちが勝つのかな…」
「……」
どっちでもいいから早く終わってくれ!!と子供としては叫びたい。
でも名人戦が終わってもすぐに他の棋戦で二人はあたる。
棋士を続けている限り、一生。
棋士の配偶者を選ばない方がいいのかもしれない……とあの両親を見てるとどうしても思ってしまう。
自分は精菜と本気の対局を望んでるくせに、勝手だとつくづく思う。
「じゃ、今日の対局並べてくれる?精菜」
「分かった」
二局とも並べてもらって検討を終えた頃、彩が「ただいま〜」と帰ってきた。
「精菜!初戦どうだった?!」
ノックもせずにバンッといきなり彩がドアを開けた。
「お帰り、彩。もちろん勝ったよ。今佐為と検討も終わったところ」
「お兄ちゃんも勝った?」
「勝ったけど…。それよりお前、ドアノックぐらいしろよな」
「あ、ごめーん。うっかり★精菜が来てる時こそノックしなきゃね」
何だか意味深なことを言われて、僕も精菜も顔が赤くなったのは言うまでもない――
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