●JOINT QUALIFYING 1●





9月1日、新学期が始まった。

久しぶりの教室に入ると、直ぐ様近付いてくる奴が一人――西条だ。


「進藤、おはよーさん」

「おはよう」

「外来予選、難なく突破したらしいやん。明後日からもう次の予選始まるんやろ?」

「ああ」


西条はこの夏休み、ほぼ大阪の祖父母の家にいて、師匠のもとで勉強していたらしい。

手合いのある日だけこっちに帰ってきてたとか…いつも通りペラペラ話し出す。


「そういや、塔矢名人への挑戦、進藤本因坊に決まったな」

「…そうだね」

「名人、復帰戦でいきなり夫婦対決やん。大変やな」

「そうでもないと思うけど。二人とも慣れてるし。それより一局目の会場が都内だから喜んでたね」

「ああ…赤ん坊どうするんや?まさか進藤や彩ちゃんが世話するとか?」

「平日だから無理だよ。祖母が預かると思う」

「双子やのに?進藤のおばあさん体力あるなぁ」

「まだ50になったばかりだからね。でもベビーシッターも雇おうかって話にはなってるみたい」

「へー。金持ちの発想やな。ま、どっちが勝っても賞金はゲット出来るし、気楽にいけるよな」

「……」


気楽――あの両親には一番似合わない言葉だと思う。

現に挑戦者が父に決まってから、うちの中は急に空気が張り詰めた。

お互い名人戦を意識してるのは丸分かりで。

会話も必要最低限。

寝室までもついに分けてしまった。

はぁ…子供としては早く終わってほしい。

でも第7局までもつれ込んだら終わるのは11月だ。(遠い目)

いや、両親のことより、自分のことだ。


「進藤も予選頑張れよ」

「もちろん」











その週末、合同予選が始まった。

外来予選通過の4名と、院生11位〜20位の10名を足した、合計14名で行われるリーグ戦。

上位6名が本戦へ進むことが出来る。


「佐為、おはよ…」

「……おはよう」


予選初日、控え室に入ろうとした所で精菜に声をかけられた。

あの口論以来初めて会うから……正直言って気まずい。

何もなかったように振る舞った方がいいのか、それとも精菜との対局が終わるまで敵意剥き出しでいた方がいいのか。

僕の両親ならもちろん後者だけど――


「…佐為、まだ怒ってる…?」

上目遣いで可愛く僕の様子を伺う彼女に、そんな悩みなんて一気に吹っ飛んだ気がした。

「怒ってないよ」

と即答してしまった。(もちろん笑顔付きで)


「よかった。私、負けないから。もちろん佐為にもね」

「うん……楽しみにしてる」


精菜と一緒に控え室に入ると、外来予選の時と同じく全員の視線を感じた。


「進藤佐為だ…」

「私、ナマで初めて見た…碁界のプリンス」

「聞いた?外来予選、全局中押し勝ちだったって…」

「院生1位の妹より断然強いんだろ?」

「その辺のプロより強いって聞いたぜ。化け物だよな…」


精菜がクスッと笑ってくる。


「佐為、人気者だね」

「や、人気者っていうかこれ、動物園のパンダの気分…?」



外来予選の時とは打って変わって、年齢層が一気に下がっているのに気付いた。

中高校生が大半、中には小学生もいる。

院生は全員彩と同じA組。

打ち甲斐、倒しがいがありそうだと内心ほくそ笑む。







「おはようございます」


白川先生がまた登場して、再び抽選が始まった。

貼り出されたリーグ表を見ると、今日の相手は院生。

8月は12位だったらしい僕と同じ中学1年生の男子。(精菜談)


「進藤君は中学どこ?」

碁盤を挟んで彼が聞いてくる。

「海王」

「へー頭いいんだ」

「別に。普通だよ」

「それ、嫌味にしか聞こえないんですけど。僕は葉瀬中なんだ」

「葉瀬…?」

「知ってる?」

「もちろん」


もちろん知っている。

父の母校だ。


「囲碁部ってまだあるの?」

「あるよ。弱小みたいだけど」

「あるんだ…!」


帰ったら絶対に父に教えてあげよう。

きっと喜ぶ。




「「お願いします」」








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