●AFTER 10 YEARS 1●
「今日ね、渋谷でスカウトされちゃった♪」
――夕飯の時間
いつものように妹が『今日の出来事』を話し出した――
「また?この前原宿でされたって言ってなかった?」
と呆れ気味の母。
「彩は可愛いからな〜」
と自慢げな父。
「一人で渋谷に行ったのか?精菜は?」
と妹を心配する僕。
「一緒だったよ。二人で駅前の碁会所に行った帰りにね、声かけられたんだ」
「気をつけろよ。変な会社も多いんだから」
「平気だもん。私、女優もモデルも興味ないし」
「ならいいけど…」
妹は棋士志望だ。
興味ないとは頭では分かってるんだけど……やっぱり一応コイツも女の子だから。
地味な囲碁界より華やかな芸能界にひかれるんじゃないかって……心配なんだよな――。
僕の名前は進藤佐為。
海王小学校の6年生、11歳だ。
僕の両親は共に棋士で、同い年の二人は今年ついに三十路になる。
いや、「やっと三十路」と言った方がいいかな?
世間的に見たら、その歳で小6の子供がいるなんて早過ぎだし。
逆算したら母は僕を17で産んだことになるし……あまり周りに口外したくない事実だ。
友達からは若い親でうらやましいって言われるけど、実は僕は全然嬉しくない。
ちなみに父のヒカルは現在、本因坊のタイトルを保持してるトップ棋士の一人だ。
14の時に入段して、もちろん既に九段。
18の時に初めて7大タイトルの一つ・名人を取って以来、今まで常に1つ以上はタイトルを保持している。
そして21歳の時に取った本因坊だけは、今まで誰にも譲ったことがないらしい。
母曰く、父にとってそのタイトルは特別なものなんだとか。
そういえば倉田先生が以前父のことを「秀策マニア」だとか言ってたけど……本因坊秀策に何か関係あるんだろうか。
そして母の方は現在、名人・王座のタイトルを持っている。
プラス女流タイトル全て。
母は父より一年早い13の時に入段して、22の時に最短記録で九段になった経緯を持つ「囲碁界の女王」だ。
(前に囲碁雑誌にそう書かれてた)
母はいわゆる二世棋士で、二歳の頃から祖父に教わり始めたらしい。
そしてこんなプロ棋士だらけの環境で育った僕だから、当然棋力は普通の小学生よりかなり上だ。
たまに力試しに小学生囲碁大会とかに出たりするけど、いつも断トツで優勝する。
それがつまらなすぎて、最近はもう出てないけど―。
周りは早くプロになった方がいい、力はあるんだからって言うけど……正直言ってどうしようか悩んでいる。
何か…物足りないような?
あっさりしすぎてる気がする…。
母も僕と同じ頃、プロになることを渋ってたらしいけど……僕と母とじゃワケが違う。
僕には年の近いライバルはいるし。
……妹だけど。
妹の彩は現在海王小学校の4年生、10歳だ。
僕と同様、忙しかった両親の代わりに、祖父から碁を学んだ。
最近の妹の趣味は学校帰りに碁会所巡りをすること。
あまりいい趣味とは言えないが、碁会所のおじいさん達相手に打つのはかなり楽しいらしい。
もちろん一人では行かせない。
僕が付き添うこともあるけど、たいていは精菜に一緒に行ってもらっている。
精菜とは彩のクラスメートで、親友で、僕らの幼馴染みでもある女の子。
父親は現在棋聖と十段のタイトルホルダー、緒方先生だ。
しっかりものの性格で、真面目で賢くておまけにかなりの美人。
彩はどちらかというと可愛い系なので、この二人の対称がいい――と僕のクラスの男子が言っていた。
囲碁雑誌で小学生特集が組まれると、たいてい二人はセットで写真が載せられる。
見出しは当然
『期待のプリンセス達』
とかなんとか。
たぶん母が『女王』だから、それに合わせられてるんだと思うんだけど…。
ちなみに僕も何度か
『プリンス』
と書かれたことがあるけど……勘弁してほしい。
ともあれ僕ら3人はプロ棋士になることを目指して、日々精進してる訳だ。
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